泣いてからが本番 | 自分を好きだと叫びたい!〜日常をこよなく愛してみる・足もと日記〜

自分を好きだと叫びたい!〜日常をこよなく愛してみる・足もと日記〜

良い子を目指して生きてみたけど、やっばりできなかった私の話。

「ああそうだ、ただ愛されたかった」と、受け入れたら見えてきた『足もとの幸せ』を発見する日記。

やっと心から、笑えてます。

何のことはない。とっくにそのまんまの私が愛されていました。

ども、足もとエッセイストたわです(。・w・。)


茅が繁っていて、今日も緑に癒されますなぁ




さて。


私がコレ…母ちゃんとのことを書くキッカケが、今月16日に起こりました。



それはね。


























何十年ぶりかで、


母ちゃんの前で泣きました










…基本的に親に涙は隠すタイプです。恥ずかしいから。

友達の前では泣けても、親の前では泣けなかったんすよね〜。




あ、泣いちゃった理由は、いつまで経っても芽の出ない自分が情けなさすぎてです(*・艸・)いやはや





起業にあたり、なんやかんやとお金かけてるのにまったくモノにならーんという、フラストレーションでした。






で。






なぜモノにならんのか…。







これも、母ちゃんとの関係に根深く関係しているのです。





起業目指す人は、往々にして『やりたいこと』があるもの。



私の場合、この『やりたいこと』で自分に嘘を重ねてたんですよ





やりたいことってのは、『どんな自分で在りたいか』ってことですよね。




この先の人生、どんな自分で生きていきたいですか?















私はここで、自分に嘘をついていた






しかも気づかずに…。








はじめ人の役に立ちたいと思った


嘘を一枚剥いた自分らしく仕事したいと思った


もう一枚、嘘を剥いた自分らしく、かつ人の役に立つものをやろうと思った



大まかにわけて、こんな感じでした。


で。

第3段階のとき、ニーズにひたすら応えまくってみました。





単純な話、すべてのニーズに応えていれば仕事は切れません。

忙しいです、非常に。





しかし、ふと思った。













これ、会社で仕事割り振られてる方が楽じゃね…?



















オカシイ事態になっています( 」゚Д゚)」ハイハイ、そこ!










マテマテマテマテ。




そもそも。






そもそもですよ?






起業したくてしてるんすよね?







何を実現したかったの、私は?








と思ったら…













周りから一斉に「本当は何がしたいの?」て質問が、投げかけられるように…








これ不思議なんですけど、会う人会う人、みーんな言うんです。




昨日までは聞かれもしなかったのに、みーんな一斉に聞くんです。






それで…







「…あれ( ・◇・)?」
















「あれ( ・◇・)?


…私、本当にしたいことが


わからない…」







…愕然としました。









これが今年、7月半ばの出来事。




本当に最近




不思議に思うかも知れないし、共感するかも知れない。




本当にわからない。



自分にとって、何が最大の喜びなのか。



自分にとって、もっとも価値のあることは何なのか。



一番自分を認めて欲しいひとは、誰なのか。




生涯かけて実現したいことは、何なのか。




心震えるほど喜ぶこと…一体なんだったろう…


















それからは、ノートや画用紙に書き出す毎日。



やりたいこと



できなくて後悔したこと



できたら嬉しいこと



譲れない価値観




不快なこと





毎日、毎日、仕事時間より時間さいて、ひたすら自分に問いただす。




それでも中々シックリこない。



もういっそ、誰かに決めつけて欲しい!て願っちゃうくらい、本当のところにたどり着かないんすよ








そんな毎日の中で…
















「誰の目を気にしてるの?」と聞いてくれた人がいた。







「ん?…誰の目を…???」






私としては、自分は自由にやらせて貰っていて、かなりワガママに自己実現してるものと思ってた。





だから、自分以外の目を気にしてる…て発想なかったんす。









でもでも、待てよ?



















今日まで本音で生きてきたか?














いや。



結構気を使って、毎回空気読みながら立ち回ってきた。






てことは…


臭い匂いに蓋をするごとく、湧きでる感情に蓋をしながら行動してたはず。




かなり瞬殺で。






…誰のために?







…誰のため、と思ってた?





































母ちゃん以外の顔が、浮かばなかった…












…そっか。
















私は大人になった今でも、母ちゃんによく思われたい。




でも。








もう綻びが限界らしい。

















ただ愛されたいんじゃない。














愛されることを…

…もぎ取りたいんじゃないんだ。




それは嫌だ。
























本質の自分をそのまま、愛してほしい














どんなにダメでも、どんなにできなくても、どこまでも子供でも。














すべてにOKしてほしい。






















8月16日の夜。


そんな思いが込み上げて、とうとう涙腺が崩壊したのだった。




















母ちゃんは、エビスビール片手にこう言った。



























「ゼロになんなさい。



変わりなさい。




あんたは、やりたいようにしか出来ないんだから。




もう好きにやんなさい。」







「好きにやんなさい」







子供のころから言われたセリフ。






この夜、私は初めて母ちゃんの真意を理解した。





今まで突き放す言葉と思って、必死にくっ付いてきたけど。






























そうか。




初めから、許されてた。





初めから、受け入れられてた。






初めから、まるまる愛されてたのか…。















親子の会話って、肝心なことが足りないもんだ。





腫れたまぶたと真っ赤になった鼻で、グシャグシャになりながら、そう思った。











私は起業してまで、母ちゃんのために成功したかったのだ。




母ちゃんに良いとこ見せたかったのだ。




だから、周りに求められる自分を必死に演出して。




世の中の役に立たねば、存在意義が危うい!て、自分を捻じ曲げてた。








こんなにワガママ人間なのに。











人が愛されることに性格の良し悪しは、関係ないのかも知れない。





良し悪しすら、一口に言えるもんじゃないしね。






「性格悪いなぁ、あいつ」て思っても、もしその人なりにひた向きだったり懸命だったら、嫌い切れないだろう。




自分とは合わないなぁ、と思いながらも、どこか人として愛おしいんじゃないだろうか。




親子なんて、実に人間くさい関係だ。




悲喜交々が当たり前だ。




近すぎて、詳しく伝えてない。





つい似たような考えだと思い込んで、多くを語ろうとしない。





いつでも話せる、とか思っちゃったりして。






そんな事ない。





実際は、一番チャンスを逃しやすい距離なんだ。





一番理解してほしいのに一番チャンスを逃す。






…40年も、かかった。





いくら何でも遠回りしすぎだけど




まぁでも。




…死ぬ前に気づいて良かったなぁ。





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