豆助と息子とおかんの成長日記。時々だんな。 -116ページ目

豆助と息子とおかんの成長日記。時々だんな。

豆柴さんを育て、息子を育て、そしてわたしも育ってく。わたしたちが、大きく立派に成長しますように。

いつもお読みいただきありがとうございます!
おかんの心の支えになってくださってる皆様、

感謝・感激・雨・あら・・・・・・れです!!
もう少しで、嵐と言いそうだった!あっぶね〜!
ちなみにわたしは 嵐さんのファンではございません。
わたしの青春は SMAPさんとKinKi Kidsさんに捧げました!笑



ガーベラ  ガーベラ  ガーベラ  ガーベラ  ガーベラ  ガーベラ


さて、忠犬だいの話は   こちらからニコニコ






本日はアンのお話ですよニコニコ





アンはとつぜんやって来ました。

だいのお嫁さんとして
やって来ました。

赤ちゃんのころのアンは知りません。多分、生後半年は過ぎてたんじゃないかと思います。


最初、アンは あまりわたし達に懐きませんでした。
ちょっとわがままな女の子。



それでも成犬になる頃には
だいととっても仲良しになって、わたし達との距離も縮まりました。





アンはだいの子どもを産んでくれました。
5匹、産んでくれました。




出産は、お父さんやお母さん、そしてわたしも手伝いました。


小さい赤ちゃん達の濡れた体を、そっと拭いてあげる役目をもらいました。

アンは怒らず、黙ってわたしに託してくれました。




いま思えば、キャバリアのアンとだいの体格が結構違うのにも関わらず、なぜアンをもらい受けたのか?未だに謎です。





アンの産んだ子供たちは、それぞれ優しい飼い主さんが見つかり、もらわれて行きました。

だいにそっくりの仔犬は、同級生がもらってくれました。

本当にそっくりで、その後もたまに会いに行きました。



アンとだい、いつも隣同士。

いつも仲良し。





でも、ある日とつぜん、
アンは消えました。


綱ごと、消えました。



どこに行ったのか、連れていかれたのか、なにもわからないまま、アンはいなくなりました。

アンと過ごした年月は、2年くらいしかありませんでした。




だいは、しばらくの間
とても寂しそうに、本当に寂しそうに鳴いていました。

ずっと鳴いていました。


ちょっとわがままな女の子、アン。

アンの好きな昼寝の場所は
車庫の中。
家の中は嫌い、外のお庭の花壇の横に、いつも座っていました。

アンのおかげで、命の尊さを、子どもながらに体感できました。

わたしの小さい両手の中に、もっと小さい赤ちゃん犬。
産まれたばかりの赤ちゃん犬。

一生忘れません。



アンは お母さんが、赤毛のアンからとった名前でした。

たしかに赤毛がとても可愛かったな。

アン、ちゃんと寿命を全うしたのかなぁ。
アン、天国で、だいと会えたのかなぁ。


アンを思い出すと
今でも、寂しくなります。