だいと、ふうかと、アン。わたしの家族だった犬たち | 豆助と息子とおかんの成長日記。時々だんな。

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豆柴さんを育て、息子を育て、そしてわたしも育ってく。わたしたちが、大きく立派に成長しますように。

いつもお読みいただきありがとうございます!
おかんの心の支えになってくださってる皆様、

感謝・感激・雨・あら・・・・・・れです!!
もう少しで、嵐と言いそうだった!あっぶね〜!
ちなみにわたしは 嵐さんのファンではございません。
わたしの青春は SMAPさんとKinKi Kidsさんに捧げました!笑



ガーベラ  ガーベラ  ガーベラ  ガーベラ  ガーベラ  ガーベラ


さて、忠犬だいの話は   こちらからニコニコ






本日はアンのお話ですよニコニコ





アンはとつぜんやって来ました。

だいのお嫁さんとして
やって来ました。

赤ちゃんのころのアンは知りません。多分、生後半年は過ぎてたんじゃないかと思います。


最初、アンは あまりわたし達に懐きませんでした。
ちょっとわがままな女の子。



それでも成犬になる頃には
だいととっても仲良しになって、わたし達との距離も縮まりました。





アンはだいの子どもを産んでくれました。
5匹、産んでくれました。




出産は、お父さんやお母さん、そしてわたしも手伝いました。


小さい赤ちゃん達の濡れた体を、そっと拭いてあげる役目をもらいました。

アンは怒らず、黙ってわたしに託してくれました。




いま思えば、キャバリアのアンとだいの体格が結構違うのにも関わらず、なぜアンをもらい受けたのか?未だに謎です。





アンの産んだ子供たちは、それぞれ優しい飼い主さんが見つかり、もらわれて行きました。

だいにそっくりの仔犬は、同級生がもらってくれました。

本当にそっくりで、その後もたまに会いに行きました。



アンとだい、いつも隣同士。

いつも仲良し。





でも、ある日とつぜん、
アンは消えました。


綱ごと、消えました。



どこに行ったのか、連れていかれたのか、なにもわからないまま、アンはいなくなりました。

アンと過ごした年月は、2年くらいしかありませんでした。




だいは、しばらくの間
とても寂しそうに、本当に寂しそうに鳴いていました。

ずっと鳴いていました。


ちょっとわがままな女の子、アン。

アンの好きな昼寝の場所は
車庫の中。
家の中は嫌い、外のお庭の花壇の横に、いつも座っていました。

アンのおかげで、命の尊さを、子どもながらに体感できました。

わたしの小さい両手の中に、もっと小さい赤ちゃん犬。
産まれたばかりの赤ちゃん犬。

一生忘れません。



アンは お母さんが、赤毛のアンからとった名前でした。

たしかに赤毛がとても可愛かったな。

アン、ちゃんと寿命を全うしたのかなぁ。
アン、天国で、だいと会えたのかなぁ。


アンを思い出すと
今でも、寂しくなります。