水飲み場で、帰りにゴシゴシ頑張ったけど、全然だめでした

白かった体操服、前も後ろも全てやられました
はじめは筆を振りかざして
背中にぬちゃっ
「え?」
何が何だか読み込めていないわたし

そこへ再びべとべとべとべと・・・
振り返るとその子は笑っていました。
ようやく状況を読めたわたし。
でもその時、わたしは何も言えなかったんです。
怖かったのか、なんだったのかよく覚えていないんですが、ただ、キッ!
と、強く睨んだのは覚えています。
その顔にムカついたのか、その子は墨汁に筆を浸し、今度は前を、笑いながら塗りたくり始めました。
その手をはらってしまえばよかったのに、なぜわたしはできなかったのでしょう。覚えていません。
ただただ、その子が満足するまで耐えていようと、唇をぎゅーっと噛みしめ我慢していました

ようやくその子がその場を離れた時には、もう真っ黒クロスケ



たまりませんでした。
横目で同級生が、その光景を見ながら避けて通って行く。
天涯孤独
本当にそう思いました。
次に浮かんだのは父と母の怖い顔でした。
これを持って帰ったら、2人はどんな顔して怒るのだろう・・・
どうしよう どうしよう どうしよう どうしよう・・
当時、父も母もとても忙しく、本当に慌ただしい日々を送っていました。
自営業の父。
そして母は、わたしの下にいる3人の子供たちの世話とその父の仕事を手伝う毎日。
ただでさえお姉ちゃんなんだから、もっとしっかりしなさい!!と叱られているのに。
この体操服をどうにかしないと、またお母さんに怒られる!!
パニックになったわたしは、気づけば、その小学校の近くに住む祖父のところに転がり込んでいました。
じいちゃんなら、どうにかしてくれるかもしれない。
じいちゃんなら、わたしの味方をしてくれるかもしれない。
じいちゃん、助けて。じいちゃん、お願い!!!
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祖父がゆっくり、家の奥から出てきました。
「お〜 来たんか。」
にこりと笑ってくれた祖父。
胸の痛みを感じながら、わたしは無言で、ぐちゃぐちゃの体操服を差し出しました。
「お前、そりゃなんや。どうしたんじゃそれ。」
その問いかけに、ぐっと堪えていたものが一気に崩れ、そこからしばらく、わたしはただただ泣き続け、祖父はただただ、黙ってわたしの背中をさすり続けたのでした。
次回は「 じいちゃんが取った行動」
長文を読んでくれてありがとうございました
余談 ・・・うちの祖父は大正生まれ 戦争経験者でした。満州で、当時のソ連の捕虜になり、戦争が終結してから3年後に解放された1人です。亡くなる直前まで、正義感の強い、短気で喧嘩っぱやい、それなのに優しく、誰からも好かれ、誰からも愛される存在でした。孫のわたしのことを至極愛してくれて、本当に大好きな祖父でした。