日本人が議論や討論が苦手な理由 | 自己超越から自己認識への導きサロン

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私のブログは、人々に共感してもらい勇気と希望を与えるモノではありません。


私のブログは、私の主張を通して、人々に自分の悪い箇所を自覚してもらい、生きることに苦悩する子供たちがいなくなる社会つくりを目指しています。




みなさま、こん風流師匠です。


本日から何日かにわたって、「 なぜ、日本人が議論や討論が苦手なのかを 」解明します。



まずは、結論から。


日本人が議論や討論に苦手な理由とは、


日本人は、善悪の判断基準が曖昧だからです。


善悪の判断基準が曖昧な人間は、自分の考えに信念がもてません。


そのため、自分の考えを論理的に説明することができなくなり、最終的に感情論になります。




何のために議論や討論は必要なのでしょうか?


人は、さまざまな考え方や価値観を持っています。


考え方や価値観の違う人間同士が、議論や討論を闘わせることで、相手を理解し、よりよい人間関係を築くことができるのです。


そのため、議論や討論で、 どちらの考え方が正しいのかを闘わせることが大事なのです。




みなさまは、「 複雑系 」をご存知でしょうか?


複雑系とは、


多くの要素からなり、部分が全体に、全体が部分に影響しあって複雑に振る舞う系。


複雑系は決して珍しいシステムというわけではなく、宇宙全体、天候現象、経済現象、人間社会、政治、ひとつひとつの生命体、あるいは精神的な現象などは、みな複雑系である。


いわば、新しい文明社会で軸となる根本的なシステムです。




私が、このブログを通じて主張していることは、


「 われわれ大人の意識が社会環境を形成するため、われわれ大人は自分の言動に責任を持たなければならない 」と言うことです。


まさに、私のこの感覚が複雑系です。




以前ブログに書いた「 日本の植民地支配 」では、なぜ、太平洋諸国の人々は日本の植民地支配に感謝をし、朝鮮や中国の人々は日本の植民地支配を今でも恨んでいるのか、当時の日本人の意識と、人の意識が作り出す社会環境を説明しました。


この記事自体が、複雑系の視点です。



しかし、複雑系の感覚を持たない人間は、私にこのようなコメントをします。


「 そんな一人のために多勢がそう見えてしまうようような人でわなかったよね。いまさら書く事でもでもないよね?今の感情がそうさせた? 」 by 魔猿



未来を創造して生きている人間と、未来を創造できないため目先の利益を優先して生きている人間とでは、考え方や価値観が違うのは当然です。


そのため、魔猿さんが、私の主旨を理解しない感想を持つことは悪いことではありません。




魔猿さんに、私の考えを理解してもらうためには、討論が必要です。


もしかすると魔猿さんは、私が考えているよりも、もっと深い考えがあるのかもしれません。


それを知るためにも、自分の考えを主張する討論が必要なのです。




しかし、魔猿さんは、「 今の感情がそうさせた? 」と、私にコメントをします。


人の主張を感情論で片付けられては、議論や討論に発展することはありません。


魔猿さんのコメントは、自分の正当性を論理的に主張できない人間が、最終的に感情論になる典型的な例です。


このような人間が沢山増えるから、正しいことが正しく論じ合える環境ができないのです。


インターネットが普及した社会では、このような人間が増える社会環境なのです。


次回から、さらに深く、日本人が議論や討論が苦手な原因を考えましょう。