討論が得意な人間と苦手な人間の違い | 自己超越から自己認識への導きサロン

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私のブログは、人々に共感してもらい勇気と希望を与えるモノではありません。


私のブログは、私の主張を通して、人々に自分の悪い箇所を自覚してもらい、生きることに苦悩する子供たちがいなくなる社会つくりを目指しています。





こんにちは、風流師匠です。


本日は、討論に強い人間と弱い人間の違いを説明します。


昨日お話したように、討論とは、自分の考えの正当性を主張し、相手の考えの悪い箇所を攻撃することです。




討論に弱い人間とは、自分の悪い箇所を指摘されると感情的になる人間です。




討論に勝つには、相手の主張から相手の問題点を洞察し、それを論理的に説明する能力が必要です。


それは、どんなに興奮をしても、冷静に物事を考える力です。


日本人が議論や討論が苦手な原因は、自分の悪い箇所を指摘されると感情的になるからです。




以前、私のブログにコメントをしてくれた若者は、こう言っていました。


「 基本は匿名というのが、ネットのいいとこでもあり、悪いとこでもあります。

故に、ネットは現実の一部なので、いつでも切り離し、 逃げる事が可能です。」


しかし私の考えは、ネットのように、無責任に発言をし、自分が不利になると、その場から逃げ出す環境が増えるから、社会が良くならない原因だと考えます。




以前、私は、教育問題を論じ合う掲示板に参加したことがあります。


私の考えは、社会を良くするためには、まずはわれわれ大人が自分の悪い箇所を自覚すること。


それによって、自分の悪い箇所を改善した心の強い子供を育てる親になることが、社会を改善する唯一の方法だと考えます。


この考えを軸に、教育問題の掲示板に参加をすると、自分の悪い箇所を自覚をせず、他人の問題ばかり論じ合う人間が、子供たちの心と精神に悪影響を及ぼしている大人です。


だから私は、自分の考えを主張し、自分の悪い箇所を自覚しない人間の発言を批判します。


すると、自分の発言を指摘された人間は、私に反論をします。


その反論が、「 あなたの考え方は良い事かも知れないが、上から目線のあなたの発言はムカつく 」と、言った感情論です。


私は、このような感情論で人の批判をする人間が、どれだけ社会や子供たちの心に悪影響になっているのかを論理的に説明をすると、最終的には、私の発言に対し誰も反応をしなくなります。



私に批判的な発言をする人間は、その掲示板のご意見番的に発言をする人間が多いです。


自分の知識を展開することで優越感を抱いていた人間は、私に自分の知性の低さを攻撃されたことによって、感情的になったのでしょう。


知識はあっては知性の低い人間は、討論に弱く、自分が不利になると、その場から逃げ出すのです。


そんな大人が親となり、子供を育てるから、精神の強い人間を育てることができないのです。


残念なことに、今の日本は、知識はあっても知性の低い人間が増えた社会です。




われわれ大人ひとりひとりの意識が、環境をつくるのです。


親の意識が、家庭環境をつくるのです。


正しい社会環境をつくるのも、心の強い正しい人間を育てるのも、それはわれわれ大人ひとりひとりの問題なのです。




討論とは、正しい価値を追い求める知性の高い人間同士の闘いです。


知識とは、自分の知性の高さを、わかりやすく相手に説明するための雑学でしかありません。


それを、知性の低い人間は、自分の知識を偉そうに語ることしかできないから、本当の討論ができないのです。