なぜ、光秀が信長に謀反を起こしたのか?
明智光秀は、伝統を重んじる武将です。
光秀は、天皇(朝廷)を重んじる平和な国家をつくるために、室町幕府を再興しよう願いいました。
しかし、信長によって足利家は滅ぼされ、室町幕府の再興は、夢へと消えました。
力のなくなった足利家が、信長に滅ぼされたことは、光秀も仕方がないと受け入れたでしょう。
信長は、自分に敵対する者は、伝統のある寺や、女、子供であろうと、容赦なく滅ぼします。
信長の非道さは、義理を重んじる光秀には、ショッキングなことだったと思います。
しかし光秀は、信長の非道な行為も、早く信長が天下を統一し、戦のない平和な国家をつくるためには、仕方がないことだと思うことにしました。
そして、天下統一を目前にした信長は、天皇よりも高い位を朝廷を求めました。
しかし、光秀からすると、信長のこの行為は、天下を統一するためには、まったく無意味な要求です。
光秀は、戦のない平和な社会をつくるために、信長を信じ従っていましたが、天皇をないがしろにする行動を取った信長の真意がわからなくなりました。
その結果、明智光秀は、信長に代わり、天皇を重んじる平和な国家をつくるために、信長を討つことを決めたのです。
明智光秀の謀反は、私利私欲でもなければ、信長に今までバカにされた怨念でもありません。
明智光秀は、自分の中にある正義(天皇を重んじること)を守るために、自分が今まで築き上げてきた信長軍での地位を捨てたのです。
正しいことが正しく出来ない日本社会は仕方がないと思うことで、自分の社会的地位を守ろうとする学者が、明智光秀の謀反の原因を語れば、信長の恨みや、秀吉の出世レ-スに遅れを取ったこからだと思うでしょう。
しかし私のように、100年後の未来の子供達が夢や希望が持てる社会をつくるために、自分が築き上げたモノを捨てることが出来る人間は、精神性の強い人間=武士は、自分の感情で物事を判断しないことがわかります。
自分の感情を抑え、物事の善悪で行動が出来る人間でなければ、戦で何万人も殺した後に、民のための政(まつりごと)など出来ません。
本能寺にいた信長も、謀反を起こした武将が光秀と聞き、「是非もなし」(仕方がない)と言いました。
なぜなら、
天皇(朝廷)や伝統を重んる明智光秀ならば、自分自身の保身を考えないで、信長を討つために兵を挙げる可能性はあったからです。
天下統一を目前にした信長の油断です。
だから信長は、逃げようともせず、わずかな手勢で、光秀軍を迎え撃ち、最後は本能寺を焼き払い自害をしました。
なぜ、信長は自害したのでしょうか?
織田信長の夢が天下を統一することだけであれば、信長は光秀軍から逃れる策を考えたでしょう。
しかし、信長の夢は、前回お話したとおり、世界を相手に戦をすることです。
世界を相手にした戦では、たった一つのミスが、何万と言う兵士を全滅させてしまうのです。
その、たった一つのミスを見つけられない武将は、世界を相手にした戦に挑戦する器ではありません。
信長は、光秀が謀反を起こした段階で、自分の夢をあきらめ、自害をする道を選んだのです。
武士道とは死ぬことと見つけたり
自分が犯した罪を、許すことが出来ないから、死を選ぶのです。
信長であれば、光秀軍から逃げ延び、また再起することは出来たでしょう。
そして、天下を統一すれば、贅沢な暮らしが待っています。
しかし、精神性で生きる武士は、贅沢な生活よりも、自分の生き方が大事なのです。
それが、精神性の高い魔王織田信長と、ただの猿真似の豊臣秀吉との決定的な差ですね。