補足:幸福な駱駝と憂鬱な獅子
かつて吉田拓郎は「自然に生きてるってわかるなんて、なんて不自然なんだろう」と歌ったが、自由な生活も実は至る所で鎖に繋がれている不自由なものだ。ただし、鎖は不自由の象徴なれど、同時にシートベルトのように安全を保障するものでもある。マイナンバー制度による管理も然り。厳密には戸籍も同様だが、管理されることで生活が円滑化する。実際、戸籍なしの生活などあり得ないし、マイナンバー制度によって生活が不自由になることもない。むしろ、便利で快適な生活になるだろう。管理社会は駱駝にとって望ましい。「監視」カメラも「防犯」カメラとして歓迎される。もとより過度な管理は息苦しいが、適度な管理は駱駝を幸福にする。しかも現代社会の管理は実に巧妙に仕掛けられており、管理されていると意識されることなく管理する。管理は今や我々の潜在意識にまで及んでいる。駱駝は主体的に自分の意志で生活しているつもりでも、現実には踊らされているにすぎない。その自覚さえない駱駝は幸福だと言わざるを得ない。現代社会で幸福に生活する条件は駱駝に徹することだと言ってもいい。万国の労働者よ、駱駝になれ!されど、駱駝になれない獅子は憂鬱になるばかりだ。駱駝になることが幸福への近道だとわかっていながら、駱駝になりきれない。獅子の今後の生き方が問われている。