補足:白無垢のディレンマ
花嫁衣裳の白無垢には「嫁ぎ先の家風に染められます」という意味があるらしい。イマドキの女性にとってはトンデモナイ話だろうが、かつて奥村チヨは「あなた好みのオンナになりたい」と懇願し、テレサ・テンも「あなたの色に染められる幸せ」を歌っていた。それは明らかに男性に都合の良い話だが、男女の別を問わず、「何かの色に染められる幸せ」は今でも生きているのではないか。校風とか社風とか、それぞれに憧れの色がある。とは言え、現実には嫌な色に否応なく染められてしまうことが多い。そもそも「親ガチャ」という言葉があるが、生まれた瞬間から、いや生まれる以前から両親の色(DNA)に染められている。金持の色だったら良いが、貧乏人の色だったら堪らない。他にも生まれた場所や時代の色が付着してくるが、誰にも選ぶ権利はなく、ただ受け容れるしかない。ただし、生来の色を自分の好む色に変えていくことはできる。むしろ、そこに人生の意味があると言ってもいい。問題は、何が自分にとって「本当」の色なのか、ということだ。多くの場合、既存の華やかな色に憧れて、それと同じ色に染まりたいと願うのが一般的だが、そこに「本当」の色はあるのか。幸いにも憧れの色に染まることができたとしても、それが「本当」の色なのか。ましてや憧れの色に染まることに挫折して、意に添わぬ色に染まった場合、色の世界に絶望するに違いない。その時、白無垢が理想として甦る。嫌な色に染められた人生を白無垢にリセットする。余談ながら、最近のドラマではタイムループとかで安易に人生をリセットする設定が目立つが、現実にはあり得ない。それにも拘らず、白無垢の理想は依然として多くの絶望者を魅了し続けている。「白無垢は絶望者の阿片にすぎない」と言い切れるのか。