補足:キレイな生き方 | 新・ユートピア数歩手前からの便り

補足:キレイな生き方

泥水を啜ってでも生きる。そんなキタナイことをするくらいなら潔く死ぬ。どちらがキレイな生き方であろうか。言うまでもなく、聖化のドラマは前者から始まる。後者は生もしくは死の神聖化にすぎない。いや、「すぎない」と言うのは違う。例えば、踏絵の試練において自らの信仰を貫く。結果、磔にされる。あるいは特高の拷問に屈することなく転向を拒否続ける。結果、虐殺される。凡人には真似のできない神々しい生き方だ。神聖なものに殉じるのは容易ではない。多くの人はその立派な生き方を讃え続けるだろう。それに対して、磔刑への恐怖から逸早く転んだ者たち、拷問に耐えかねて転向した者たちは実に情けない。唾棄すべき虫ケラどもだ。しかし、聖化は正にこの虫ケラどもから始まる。神聖な神が虫ケラどもを断罪しても、聖なる神は決して見棄てない。聖化と神聖化。二つのドラマが鬩ぎ合う。