聖化のための覚書(7)
思いつくまま書き連ねているので、支離滅裂な思耕が続いている。「世界の水平化」を上手くイメージ化できず、なかなか聖化にまで辿り着けない。臆面もなく言えば、私はこの腐敗した世界を根源的に変革すべきだと思っている。それが聖化だ。世界の腐敗は俗化に起因している。 ならば俗化する以前の世界に戻れば腐敗は解消されるのか。それは違う。話はそんなに単純ではない。俗化と近代化は連動しており、それ以前に古き良き世界があったと想定することはできる。未だ神が生きていて、その恩寵を中心とした伝統を重んじる世界だ。しかし、それは堕落する運命にあり、神は他律的な支配者となって伝統を叩けば因循姑息の音がするようになる。古き良き世界も腐敗を避けられず、その現実が近代化を促した。神中心の世界から人中心の世界へ。近代化は人を「魔術の園」から解放し、文明開化をもたらす。そうした肯定的な意味での近代化を世俗化と称するならば、神を殺して全てを平板なものとする俗化は近代化の否定面として理解できる。世俗化と俗化という近代化の二重性、それが現代世界を根源的に変革する物語を複雑にしている。それが聖化というドラマのモチーフに他ならない。