聖化のための覚書
身の程知らずの願いだが、何とかして聖化のドラマを書き上げたいと思っている。しかし、昨今の混迷を深める中東情勢などを見ていると、到底不可能だと悲観的にならざるを得ない。憎悪の炎が完全に消えることはないだろう。だから、自分たちの安全を確保するためには、憎悪する相手を根絶 するしかないと思う。実際、ゴキブリやムカデなどの害虫はこの世界から消えてなくなるべきだ。それによって生態系が崩れて地球環境に悪影響(silent spring)を及ぼすとしても、人は害虫のいない世界を望むに違いない。同様に、人の社会においても自分たちに危害を及ぼす存在の徹底した排除が望まれる。つまり、世界の浄化だ。されど、人を害虫駆除のように浄化できるだろうか。あらゆるイキモノの権利が尊重される現代では、殊に人権の侵害には敏感になっている。それでも人権を無視した蛮行が罷り通っているが、誰もがそれを肯定しているわけではない。例えば、ヴィクトール・フランクル、ハンナ・アーレント、プリーモ・レーヴィといった人たちは自らユダヤ人でありながらユダヤ人の憎悪に駆られた行動を批判した。その結果、ユダヤの同胞から裏切り者扱いされたが、その勇気ある批判には聖化への一縷の望みがある。私はそう思いたい。ただし、それは自分の愛する人を殺した者にも人権を認めることであり、明らかに自然の感情に反している。聖化は人の傾向性を逆撫でする。