誰が本当に生きているのか(9) | 新・ユートピア数歩手前からの便り

誰が本当に生きているのか(9)

「創造は、重力の下降運動、恩寵の上昇運動、それに二乗された恩寵の下降運動とからできあがっている」とはシモーヌ・ヴェイユの言葉だが、水平的「本当」と垂直的「本当」は重力と恩寵の関係において理解できる。大雑把に言えば、我々が現実に生活する水平の次元は重力に支配されている。それは自然界の重力だけではなく、政治的な圧力、経済的な圧力など、様々な形で我々の日常生活を抑圧している。例えば、大国の圧力、政府の圧力、会社の圧力、学校の圧力、家庭の圧力等々。そうした圧力に人は日々圧し潰されそうになっている。苦しくて堪らない。それ故、何とかして重力に抵抗しようとする。そこに水平的「本当」の生き方がある。では、如何にして重力に抵抗するのか。重力の下降運動に対抗できるのは恩寵の上昇運動であろう。恩寵の自覚によって垂直の次元が切り拓かれる。ただし、恩寵に身を委ねることに垂直的「本当」はない。恩寵による重力からの解放を信じるとしても、我々は無重力に生きることなど望まないからだ。重力は我々の生活を抑圧する暴力と化すけれども、さりとて重力なしには生きられない。そこでヴェイユの言う「二乗された恩寵の下降運動」が要請される。恩寵は本来上昇運動ではあるが、下降運動でもある。上昇運動が恩寵の往相だとすれば、下降運動は還相だ。その二重運動に私は垂直的「本当」の生き方を見出す。そして、重力に抵抗する水平的「本当」は恩寵と共働する垂直的「本当」と相即することで理想社会(祝祭共働態)を創造していく。人生の「本当」はそうした創造活動にあると私は考えている。