理想主義に徹する覚悟(7)
不老長寿の先には不老不死がある。それは今のところSFにおいてのみ可能な夢だけれども、その理想郷はディストピアとして描かれることが多い。例えば『未来惑星ザルドス』では、ボルテックスに住む永遠人(Eternals)は無気力に陥っている。どうして不老不死の夢を 実現した永遠人が無気力になるのか。為すべきことがないからだ。或る意味、これは戦争と平和の関係に似ている。戦時中には明確な目的があった。「敵を殺す」という為すべきことがあった。ところが戦争が終わると、一つの目的に向かって一致団結していた国民は個々バラバラになり、孤立した個人は何を為すべきか途方に暮れる。そうした復員兵の苦悩を描いた『我等の生涯の最良の年』( The Best Years of Our Lives)という名作があるが、私はそこに平和のニヒリズムを見出す。さりとて平和よりも戦争の方が望ましいなどとは思わない。当然のことだ。戦争には平和のニヒリズム以上に悲惨なニヒリズムがある。二つのニヒリズムは質的に異なっているが、どちらも耐え難いことに変わりはない。人は平和のニヒリズムに耐え切れずに戦争を起こし、戦争になればそのニヒリズムに何もかも破壊し尽くされて再び平和を望む。その繰り返し。この意味のない、醜悪なニヒリズムの循環を断ち切るにはどうすればいいのか。それは不老不死の夢を超える理想の問題と通底している。死の希望と不死の絶望。あるいは直線の希望と円環の絶望。両者の婚姻が要請される。