理想主義に徹する覚悟(3) | 新・ユートピア数歩手前からの便り

理想主義に徹する覚悟(3)

現実を凝視せよ!私はいつもそうしてきたつもりだ。しかし、一体どんな現実を私は見てきたのか。大金持の現実も、赤貧の現実も無縁であった。世の中には様々な現実がある。私の知らない現実があるのは当然だが、おそらく凝視すべき現実は社会の底辺での生活を余儀なくされる者の不幸であろう。「世界がぜんたい幸福にならなければ、個人の幸福はあり得ない」という賢治の言葉が人々の魂を貫く。そして、最も不幸な者の現実に我が身を置くというシモーヌ・ヴェイユのような生き方を生む。それは水平的な現実に基づく生き方だ。実際、ウクライナやガザなど、世界の紛争地で生活する不幸な現実を我が事として生きている人は少なくない。私はそうした水平的現実主義を実に尊いと思う。しかし、それだけでは「世界全体の幸福」は実現できないのではないか。私は決して水平的現実主義を回避するつもりはないが、もう一つの現実主義があると考えている。それは垂直的現実主義だ。水平的現実主義と垂直的現実主義。両者の差異は何か。