祝祭のユートピア(7)
Wagagotoki
Yonotsunebito wa modaesezu,
Metorite, umite, oite, shinubeshi!
高校教科書の「日本文学史」の中に、土岐哀果(後に善麿)のこのローマ字短歌に出遭った時の衝撃は今でも忘れられない。何がそんなに衝撃だったのか。それはおそらく「同じ問題に苦悩している人がいる!」という衝撃だったと思われる。愛する人と結婚し、子供が生まれ、やがて老いて死を迎える。世の常人はそこに幸福を見出すに違いない。しかし、世の中には「人生とはそれだけのものなのか」と苦悩するAusnahmeがいる。あらゆるイキモノには寿命がある。何百年も生きる動物もいれば、数か月しか生きられない動物もいる。人の寿命は今や百歳に届かんとする勢いだが、自然寿命は三十八歳だと言われている。私はそれをゾーエーの基本的過程だと理解しているが、正に「生まれて、性的に成熟して、子をなし、やがて老いて死んでいく」期間と一致するのではないか。すなわち、そうした基本的過程にのみ人生の意味はあるのであって、それ以上の意味を求めることは自然に反する、ということだ。人は余りにも寿命を人工的に伸ばし過ぎたのかもしれない。実際、結婚して子供をもうけ、老いて死んでいくだけの人生なら、四十年程度で十分だろう。しかし、罰当りな私は若い頃からそんな自然の人生に我慢ならなかった。そして、ゾーエーの基本的過程以上の意味を人生に求めた。結果、結婚もせず、自分の家庭を築くこともなく、ただ老いさらばえるだけの人生を辿っている。