円環×直線=螺旋(9) | 新・ユートピア数歩手前からの便り

円環×直線=螺旋(9)

どうして執拗に異族を問題にするのか。ユートピアの追求には異族として生きる覚悟が不可欠だからだ。既に述べたように、それは少数派の問題に尽きるものではない。コリン・ウイルソンが問題にした「アウトサイダー」も異族だが、そこには「水平人を戦慄せしめる垂直人の闘い」がある。この殆ど誰にも読まれない便りを私が性懲りもなく続けているのも垂直の力によるものだ。容赦なく腐敗し続ける世界の中で一人でも多くの「垂直に生きる異族」と出会い、その連帯を築くこと。それが私の使命だと勝手に思い込んでいる。救いようのない阿呆だ。しかし、それ以外に自分のやるべき仕事が見つからないから仕方がない。もとよりボンクラの私に大したことはできないが、垂直人の闘いを断念するわけにはいかない。命ある限り続けていく。それが「垂直に生きる異族」の覚悟でもある。ただし、垂直人の闘いと言っても、それは水平人に敵対するものではない。「水平人はバカで、垂直人はエリート」という見解は致命的な誤解だ。円満に生活する水平人をバカにするエリートほど愚かな存在はない。そんなエリートは垂直人ではなく、単なるバカモノの一人にすぎない。垂直人は水平人を批判するが、それは水平人を否定するものではなく、あくまでもその理想に対するものだ。では、水平人の理想とは何か。アルカディアとパラダイスだ。人が現実に生活しているのは水平の次元であり、それ以外に我々の現実世界はない。そこで人はゾーエーの円環を生きる。それが人生の基本であり、円満な生活は人を幸福にする。循環する自然に即した生活の幸福がアルカディアの理想だ。ところが、ゾーエーの円環は人を退屈させ、絶えず新たな欲望に駆り立てるビオスの次元を切り拓く。人はパンのみにて生くるにあらず。さりとてパンなしでは生きられない。ゾーエーの充足を基本としながらも、ビオスの充足に向かって一直線に生きるその果てにある幸福、それがパラダイスの理想だ。水平人はアルカディアとパラダイスという二つの理想の間を揺れ動いている。その根柢にあるのは「円環と直線の葛藤」であり、それが結果的に世界を腐敗させている。問題はもはや「円環か、直線か」ではない。究極的な問題は「円環と直線の葛藤」を超えて、全く新しい理想を生み出すことに見出される。それこそが「水平人を戦慄せしめる垂直人の闘い」の真意に他ならない。