独立と連帯(10) | 新・ユートピア数歩手前からの便り

独立と連帯(10)

時の移ろいと共に、時代の生活も変化する。今年の大河ドラマ『光る君へ』は平安貴族の社会が舞台だが、その後の武家社会、そして明治維新後の近代社会と続く歴史において、どんなに生活様式が変わっても「変わらぬ日本人」というものがあるだろうか。おそらく、平安の人がタイムスリップして令和の人に出会っても、「同じ日本人」と認識することは難しいだろう。互いに日本語を話しているのに会話さえ成立しないかもしれない。それでも、たとい政治体制が激変しても、庶民の暮らしにそれほどの変化はないとも考えられる。「常民」の生活というものだ。もし平安の人と令和の人が「常民」という共通の地平に立つことができるならば、両者は何かしらの「同じ日本人」を直観できるに違いない。この認識できないが直観できる「同じ日本人」こそ日本人のUrbildだと理解したい。それは未だ主もなく客もない次元での純粋経験だ。私はここに第一義の独立の原点を見出すが、問題はそれが実定化された後に生じてくる。すなわち、実定化されて認識できるようになると、そのUrbildは排他的で国粋的な「日本人の原点」として機能し始めるという問題だ。例えば、「君が代を拒否する輩は日本人にあらず!」と叫ぶ人の確信。実際、民俗学や文化人類学が歴史の古層から発掘してくる原点に基づいて日本人の連帯を求めるならば、多かれ少なかれ、排他的なナショナリズムは不可避だろう。「日本人であること」の確固たるアイデンティティが「日本人でないこと」を排除するのは理の当然だと言える。つまり、第一義の独立とそれに対応する第一義の連帯は同一性の限界を乗り越えられない、ということだ。正にこの限界に、第二義の独立と連帯が要請される所以がある。鄙見によれば、その要請は民俗学の限界を超克することでもある。余談ながら、私は前田英樹氏の『民俗と民藝』に次のような興味深い箇所を見出した。

 

柳宗悦は(柳田國男に)言う。「つまり民俗学は経験学として存在するのですね」と。そういうものであるとしたら、民俗学などつまらないではないか。ただの事実採集に過ぎないではないか。彼はそう思わざるを得なかっただろう。さらに柳は言う。「僕の方は経験学といふよりも規範学に属して居ると思ひます。かく在るあるひはかく在つたということを論ずるのではなくて、かくあらねばならぬという世界に触れて行く使命があると思ふのです。さういふ点は民藝と民俗学はちがいひます」。すると柳田は即座に応じる。「それははつきりちがふ。われわれの方にはさうしたものはない」と。

 

前田氏によれば、規範学としての民藝運動は「歴史のなかに強く入り込んでいく一種の直観的美学であり、美学を通しての社会変革を本気で主張する、無謀なまでの普及運動、あるいは布教活動に近いものを含んで」おり、「その活動は、近代資本主義の根本的な否定とギルド社会主義の実際上の提案にまで、おそらくまっすぐに進む」ものだ。これに基づいて私の問題を整理すれば次のようになる。

第一義の独立と連帯:Urbildを発掘する経験学としての民俗学

第二義の独立と連帯:Vorbildを追求する規範学としての民藝運動

(厳密に言えば、「平地人を戦慄せしめよ」という柳田國男に規範学のモチーフが全くなかったとは到底思えないが、今は不問に付す。)

ただし、先述したように、UrbildとVorbildは二元論的に対立するものではなく、あくまでも相即するものとして理解すべきだ。民俗学と民藝の関係も然り。そこで最後に、今後の課題として次のような式を提示しておきたい。

Urbild(Sein)×Vorbild(Sollen)=Einbildungskraft

もしくは

民俗学×民藝=日本浪曼派