アリョーシャの忠告 | 新・ユートピア数歩手前からの便り

アリョーシャの忠告

正確な記憶ではないが、アリョーシャ・カラマアゾフは大略「生の意味を問う前に、生を愛さねばなりません」と兄のイヴァンに忠告していたように思う。大切な忠告として今も私の胸に深く刻み込まれている。しかし、それにもかかわらず、私はその逆を生きている。生を愛するために生の意味を問うている。生に限らず、何かの意味を問えば必ずイデア論の魔宮に迷い込む。イデア論は迷宮であり、同時に底なしの沼でもある。そこに迷い込んだら最後、死ぬまで脱け出せない。いや、死後にも何らかの世界があるならば、おそらく死んでからもそこで迷い続けることになるだろう。地獄は一定すみかぞかし。それにしても私はどうしてイデア論などという地獄に生きることを選んだのか。今となってはよくわからない。そんなことをしてもホメラレモセズ、クニモサレズ、大半の人は喜ばない。殆ど誰も救えない。地獄を棲み処とすることに一体何の意味があるのか。すでにこの問い自体が地獄の証だが、私の求めるユートピアはイデア論なくしてあり得ない。アリョーシャには申し訳ないが、その忠告に反して私はイヴァンと同じ運命を辿ることになるだろう。すなわち、神様が創造されたUrbildに基づく調和の国への入場券を返上し、この世界に生きる意味をラディカルに問い続ける運命だ。