「問題なし」という問題(4) | 新・ユートピア数歩手前からの便り

「問題なし」という問題(4)

問題児、すなわち「問題のある」子は敬遠される。通常、厄介者と見做されて、「問題のない」子に矯正される。それが教育なのか。偉そうなことは言えない。言える道理もない。私にもかつて教師であった時代があるが、問題児の抱えている問題を本当に理解してはいなかった。問題の解決は問題をなくすことではない。そのことに気づかず、私もまた「問題のある」子を「問題のない」子にしようとした。致命的な間違いだ。「重要なことは病から癒えることではなく、病みつつ生きることだ」とはカミュの言葉だが、私も次のように言いたい。重要なことは問題をなくすことではなく、問題と共に生きることだ。「問題なし」は人の水平的理想ではあるが、人間の究極的理想にはなり得ない。おそらく、水平的問題は数学の言葉で書かれており、環境破壊やそれに伴う食糧危機、更には経済格差も、全て数学的に正解が導き出せるだろう。しかし、その正解が現実に機能するかどうかは別問題だ。宇宙(自然世界)という書物は数学の言葉で書かれているかもしれないが、人生という書物はそれに尽きるものではない。「問題なし」は人生の理想ではなく、むしろ死の始まりではないか。