補足:アウトローの正義
アウトローは反社会的であっても反体制ではない。これは如何なる意味か。アウトローがインサイダーでないことは確かだ。彼は世界から疎外されている。貧困、生来の障害、出身による差別などによって、幼い頃から理不尽な不公平を余儀なくされてきた人はグレて反社会的な境遇に身を落としていく。勿論、全てがそうなるわけではない。殆どの人は不公平な現実にもかかわらず、已む無くそれを甘受して社会の底辺で地道に生きている。しかし、その現実にどうしても我慢できない人はアウトローになり、自分をそのような境遇に転落させた社会に復讐を試みる。ただし、それは体制の根源的変革には向かわない。むしろ、既存の体制を温存して、その内側で暴力によって成り上がろうとする。金持の家に生まれるなど、恵まれた境遇で育った人は幼い頃からお稽古事やら家庭教師やらで自分の才能を存分に伸ばし、才能がない場合でも親の七光りで社会の高みで幸福な生活を築いていくだろう。そうしたインサイダーと同等の幸福をアウトローは反社会的な方法で手に入れていく。体制をぶっ壊す必要はない。あくまでも不公平な体制の内側で、その不公平を逆手に取って裏社会の頂点に登り詰めることが重要なのだ。それがインサイダーへの復讐になる。尤も、金持連中から大金をふんだくるのは何でもないが、オレオレ詐欺で弱い爺さん婆さんたちからなけなしの金を奪うのは少々心が痛む。しかし、それも不公平な現実であって仕方のないことだ。不公平な社会で不公平に育ったアウトローは不公平を利用して生きていくしかない。そこにアウトローの正義がある。かなり歪んだ正義ではあるが、アウトローは悪くない。このアウトローの正義に対して、アウトサイダーは何を言えるのか。