理想が現実になればケーサツいらない | 新・ユートピア数歩手前からの便り

理想が現実になればケーサツいらない

「永遠平和」の理想を求めているうちにも、現実には暴力の毒が拡がり続けている。それなら悪しき独裁者を暗殺したり、ならず者国家を滅亡させたりするのを優先すべきではないか。遺憾ながら、暴力には暴力で対抗するしかない。そのためには国連でも何でもいいから権力を集中させて、全世界の暴力を取り締まる国際警察が必要になる。そうした絶対的権力の下での暴力一掃を現実的な「永久平和」と称して理想的な「永遠平和」と区別するならば、人々はどちらを選ぶだろうか。最近の刑事ドラマを観ていると、どうも「永久平和」の方が優勢のようだ。例えば、「未犯システム」というものがある。全ての国民の個人情報をAIに解析させて、犯罪者になりそうな人物を特定するシステムだ。言うまでもなく、現実には違法なシステムだが、「犯罪を未然に防ぐ」という点では有効でもあり、その葛藤がドラマの核になる。これはマイナンバー制度にも通じる問題だが、国民の個人情報が全てデジタル化され、国家権力によって管理されることは余り気持のいいものではない。しかし、それによって様々なことが便利になることもまた事実だ。殊に「犯罪を未然に防ぐ」ことにも役立つならば、国家権力による監視は国民生活の安全保障としてむしろ歓迎されるだろう。すでに街の至る所に監視カメラが設置され、「永久平和」への道は着実に整備されつつある。この道をこのまま歩き続けていいのだろうか。