私は正しい(4) | 新・ユートピア数歩手前からの便り

私は正しい(4)

私は正しい。私の正しさは独裁者よりもその支配を甘受する大衆に焦点を絞る。勿論、独裁者とその支持者に対する批判を蔑ろにするわけではない。しかし、それは自明のことであり、殊更その批判の正しさを主張する必要はない。国安法下の香港においても、言論弾圧する警察やその片棒を担ぐ体制派市民もさることながら、私が見逃せないのは弾圧される民衆を見て見ぬ振りをする無言の大衆だ。共産党の一党支配を躊躇なく支持している「模範的市民」はそれでいい。曲がりなりにも自分たちの正しさを信じているからだ。問題は、現体制の正しさを全く信じていないのに、むしろ本心では間違っていると思っているのに、言論弾圧に対する抵抗の声を上げない人たちにある。触らぬ神に祟りなし。平穏無事な生活を維持しようとする傍観者たちの願いはよくわかる。果たして、私の正しさはそうした傍観者の願いに対して何が言えるのか。そもそも私自身は「傍観者ではない」と言い切れるのか。