垂直図書館(3) | 新・ユートピア数歩手前からの便り

垂直図書館(3)

「建物は一階があってはじめて二階が存在します。にぎわいをつくるとか地域おこしやまちおこしをするための図書館機能というのは「二階」部分の話なのです。まずは誰もが必要とする本や雑誌、あるいはオンラインデータベースやインターネットアクセス、さらには電子書籍の展開も含めた基本機能の提供が「一階」にあたります。

こうした図書館の基本機能は日本の図書館が、戦前からの歴史のなかで勝ち取ってきたことであり、社会的に保証してきたことであるため、この機能の後退を招く必要はまったくないと思います。

たとえ「貸し出し至上主義」などと言われようが、必要とするものを貸し出しも含めて利用できるということが図書館の恒久的な基本機能です。基本機能が正しく用意できたうえで、まさにまちづくりなどの機能としての「二階」の特性をいかに持ち合わせていくかということが大切です。

そうすれば、図書館がまちを支え、さらにまちが図書館から生まれていくことができます。にぎわいをつくるのも大切なのですが、まずはきちんと情報・知識を提供する場であることが重要なのです。」(岡本真・森旭彦『未来の図書館、はじめませんか?』)

こうした「図書館の二階構造」の指摘は注目に値する。水平図書館は明らかに「二階」に重点を置いた場所だが、「一階」がなければ単なるリクリエーションの場、すなわち娯楽の場になってしまうからだ。何か面白いイベントを企画して、人が多く集まって賑やかになればいいということではない。少なくとも「新生・新しき村」はそのような「村おこし」を目指すものではない。勿論、私は人が多く集まって賑やかになることを否定しない。むしろ、それが当面の課題だと思っている。しかし、問題は人が集まる目的だ。図書館の場合、先の引用にある通り、「情報・知識へのアクセス」が基本的な目的となる。つまり、人は自分に必要な情報・知識を得るために図書館にやって来る。ただし、一口に情報・知識と言っても様々だ。リラックスするために娯楽小説や落語・音楽のCD、映画のDVDなどを求めて来る人もいれば、何かの研究や仕事のための文献・資料を求めて来る人もいるだろう。これは図書館の「一階」部分だが、この基本的目的がどのようにして「二階」部分、すなわち人々の賑わいやまちづくりに繋がるのだろうか。一般的には、図書館に足を運ぶ目的は「一階」の基本機能だけで充足してしまうのではないか。せいぜい考えられる可能性としては、自分が読んだ本の感動を他者と分かち合う書評会(合評会)のようなものでしかないと思われる。しかし、その程度のことであれば、別に図書館で行わなくても、近くの喫茶店に場所を移して行った方がいいだろう。かくして水平図書館の問題点が浮き彫りとなる。率直に言って、「図書館の二階構造」は素晴らしいが、「一階」と「二階」の関係が未だ有機的に結び付いていないような気がする。ここに水平図書館の限界がある。