垂直図書館
杜撰な思耕で理念的なことばかり追ってきたので、ここで少し具体的な実践について書いてみたいと思う。結局、私は何を実現したいのか。「失われた次元」の再構築、すなわち人間の「生きる意味」を織り出すために不可欠な垂直の次元の再構築だ。「垂直の次元」などと言うと、何か特別な聖域と思われるかもしれないが、決してそうではない。むしろ、日常的に人が多く集う「場」を考えている。とは言え、やはり娯楽の場とは違う。確かに、人が多く集まる場所と言えばディズニーランドのような行楽地が連想され、それも必要な「場」であることに違いはない。また、新宿の歌舞伎町のような盛り場を夜の「新しき村」にするという構想も断念したわけではない。少なくとも私が求めている「垂直の次元」はそうした世俗的な場所と無縁ではない。それは聖なるものと俗なるものが祝祭的に共働する「場」であるからだ。しかし、当面の問題として、そのように抽象的な祝祭共働態をいきなり望むことは明らかに現実的ではない。そこで「垂直の次元」の具体相について思耕を続けている最中だが、最近は図書館の可能性に注目し始めている。周知のように、図書館法の第2条には図書館の定義が次のように記されている。
「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施設で、地方公共団体が設置する公立図書館と、日本赤十字社又は一般社団法人、若しくは一般財団法人が設置する私立図書館がある」
また、現在私が利用している故郷の多治見市図書館の要覧の「私たちが目指す図書館」という項目には「図書館で情報に出会い、仲間と出会う。人とひと、人と情報をつなぐ場を提供します。……お互いが助け合い、より良く生きていくために、情報を通じ市民生活の質の向上に努めます」という文言がある。もとより私が求めている図書館の理想はこれに尽きるものではないが、これからの図書館が単なる「無料貸本屋」を超えて、人と人が出会い、人間が連帯する「場」になっていく可能性は大いにあるように思う。このことについて少し考えてみたい。