補足:パラダイスの実現
未だパラダイスが実現していないのに、その限界を憂慮するなど愚の骨頂――そういう思いもある。我々が今、全力を尽くして為すべきことはパラダイスの実現なのかもしれない。そもそも「パラダイスの理想は人間にとって究極的なものではない」と繰り返し主張したところ で、大衆をパラダイスへと駆り立てる衝動を断ち切ることなど不可能だ。ここでパラダイスの定義を私なりに簡単にしておけば、それは「人間の欲望の全面的な解放」ということになる。人間には様々な欲望があり、しかも際限がない。勿論、自分の生来の限られた条件によって全ての欲望が満たされるわけではないが、欲望はかたちを変えて増殖していくだろう。当然それは水平の次元で展開するが、少しでも豊かになろうとする欲望は常に水平の均衡を乱していく。すなわち、「正当な競争」による格差の発生だ。この格差がパラダイスの駆動力だと言ってもいい。実際、格差そのものは極めて自然なものだ。体格の大きいもの、小さいもの。強いもの、弱いもの。「人間は皆同じ」ということの方が不自然ではないか。人間はそれぞれ違う。違うことに自らの存在意義を見出していく。学歴、社会的地位、名声。誰しも「世界のテッペン」に立ちたいと願う。皆、それぞれのパラダイスを求める。問題は、そうしたパラダイスの追求が必ずしも「正当な競争」によって為されていないという現実に見出される。そこでヒーローは「不当な競争」で獲得したパラダイスを享受している悪者を糾弾する。しかし、「正当な競争」とは何か。