ユートピアの拠点 | 新・ユートピア数歩手前からの便り

ユートピアの拠点

新しき村をユートピアの拠点にしたいと私は思っている。しかし、厳密に言えば、それは新しき村をユートピアにすることではない。そもそもユートピアは「どこにもない場所」であり、新しき村に限らず、この世界にある如何なる理想郷もユートピアにはなり得ない。新しき村は常にユートピア数歩手前にとどまる。ユートピアは言わば「見えざる教会」であって、「見える教会」としての新しき村との間には質的断絶(絶対的差異)がある。しかし、無関係ではない。ユートピアの拠点としての新しき村はこの世界に理想社会を実現しようとする。それはアルカディアとパラダイスの螺旋的循環の運動だ。繰り返し述べているように、私の使命はこの水平化(世俗化)した世界に垂直性(聖なるもの)を取り戻すことにある。端的に、水平の次元に垂直の次元を導入すること、と言ってもいい。しかし、水平の次元とは別に垂直の次元があるわけではない。少なくとも私は水平の次元を超絶したサンクチュアリの如き垂直の次元に意味を見出さない。人間が現実に生きているのは水平の次元であり、その現実を離れた垂直の次元は意味を成さないからだ。むしろ、垂直の次元は水平の次元に受肉してこそ我々人間の生きる意味となる。そうした受肉の現実を歴史の中で具体的な「かたち」にしていくのが新しき村の運動に他ならない。それがユートピアの拠点としての新しき村の使命でもある。