ユートピアの起動
プロレスラーのような大男と青白い小男の関係において、力の差は歴然としている。その圧倒的な力で大男は小男を意のままに従わせることができる。場合によっては奴隷として恒常的に支配することも可能だろう。要するに弱肉強食の論理だ。これは自然界を貫き、人間も自然の一部であ る以上、この論理を拒否することなどできない。勿論、人間には他のイキモノには見られない「自然に反抗する自由」がある。たとい小男でも大男に反抗することはできる。しかし、小男は大男に勝てるのか。柔よく剛を制す。柔道の達人なら小男でも大男を投げ飛ばすことができるかもしれないが、その場合でも小男は柔道の力(大男の力を利用する技術)で大男より強くなったのであり、依然として弱肉強食の論理は生きている。もっと分かりやすい例を挙げれば、小男はナイフやピストルを所持して大男に立ち向かえばいい。いくら大男でもナイフやピストルには敵わない。ほぼ確実に小男は大男に勝てる。ただし、その勝利においても弱肉強食の論理は微動だにしていない。むしろ、小男はナイフやピストルを媒介に弱肉強食の論理を活用して大男に勝ったにすぎない。また、小男が他の小男たちと一致団結して大男に勝つ場合も同様だ。単に小男たちの団結力が大男の力に勝ったということにすぎない。このように小男が大男の支配を覆しても、そこにユートピアは未だ起動しない。ユートピアは弱肉強食の論理そのものの超克を求める。それは一体、如何なることか。