ユートピア活動(3) | 新・ユートピア数歩手前からの便り

ユートピア活動(3)

身捨つるほどの祖国はありや。御国のために敵艦に突っ込んでいった特攻隊の若者たちの若さは明らかに狂気の若さであった。私はその復活を望んでいるのか。ユートピアとは狂気の若さが原動力となって実現されるような理想であるならば、ユートピアはファシズムの理想だと考える人が出てきてもおかしくない。残念ながら、私はその危険性を否定することができない。常にその危険性はあるからだ。しかし、ユートピアはファシズムの理想などではない。現象的には紙一重の違いだが、本質的には全く次元を異にしている。そのことだけは明言しておきたい。未だ誰もが納得できるような表現には至っていないが、ユートピアの理想はファシズムを超えていく。そこでは「などてすめろぎはひととなりたまひし」という特攻隊の若者たちの悲憤慷慨は二度と繰り返されない。ファシズムは往々にして在る筈のない絶対者の傀儡に堕していくが、ユートピアは違う。むしろ、ユートピアは絶対者の死から始まる。絶対者をディコンストラクトしていく絶対的な運動こそ、ユートピア活動の本質に他ならない。