鬼滅のパラダイス | 新・ユートピア数歩手前からの便り

鬼滅のパラダイス

先に「現代社会ではもはや勧善懲悪のドラマは成り立たない」と述べたが、子供たちに大人気の「鬼滅の刃」というアニメは勧善懲悪の典型だと言えそうだ。尤も、私はこのアニメを最初から観ていないので正確なことは言えないが、最近の「無限列車編」と現在放送中の「遊郭編」を観る限りでは、伝統的な鬼退治以上のテーマは見出せないように思われる。どうしてこのドラマに子供たちはかくも熱狂するのか、今一つよく理解できないが、明確な悪を定めて皆で力を合わせてそれをやっつけるというドラマが昔から子供たちを夢中にさせてきたのは明らかだ。かく言う私も子供の頃に、悪をやっつけるヒーローに憧れた記憶がある。しかし、もはや純真な心を失った汚れっちまった大人の私には、鬼退治というテーマは陳腐で退屈なものでしかない。その点、同じ鬼退治のテーマでも、私が面白く思うのは「桃太郎=侵略者」説だ。様々な解釈があるが、結局、鬼は鬼なりに平和に楽しく暮らしていただけなのに桃太郎は一方的に侵略したにすぎない、ということだ。勿論、「鬼滅の刃」の鬼退治が侵略だと言うつもりはない。「鬼殺隊は侵略者だ」などと言おうものなら、子供たちから袋叩きにされるだろう。しかし、現代社会においてはもはや明確な鬼を見定めることができないこと、善良な人間が瞬時に鬼に変貌することもあれば、鬼だと思っていた人間に実は正義があるということ、これだけは子供たちから何と非難されようと明言しておきたい。少なくとも鬼滅のパラダイス、すなわち悪の権化とされる鬼を一掃して成立するパラダイスは往々にしてディストピアに堕することを思い知るべきだ。「悪人は徹底的に排除しました。ここには善人しかいません」などと宣言するパラダイスほど醜悪なものはない。