補足 memento mori:禁欲にあらず | 新・ユートピア数歩手前からの便り

補足 memento mori:禁欲にあらず

「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」――人間は「聖への存在」だなどと説けば、多くの人は与謝野晶子のこの有名な歌を以て反論するかもしれない。しかし、明らかな誤解だ。私は「やは肌のあつき血汐」の快楽を否定するつもりはない。確かに、それは俗なる欲望の充足であり、多彩な快楽の花園であるパラダイスに属する。しかし、そもそも私はパラダイスそのものの根絶を求めるものではない。あくまでも「パラダイスを至上のものとする生き方」を批判しているにすぎない。その生き方はパラダイスの理想を歪め、むしろ結果的にパラダイスを持続不可能なものにしてしまう。ちなみに、アルカディアについても同様だ。俗なる欲望の暴走を抑制し、平穏無事な清貧の幸福に生きるアルカディアがあってもいい。ただし、それを至上のものとして閉鎖的になるならば、アルカディアの理想も歪み、人は息が詰まり、やがてそこから逃げ出したくなるだろう。アルカディアもパラダイスも、共にユートピアの相の下に反復(wiederholen = 受け取り直す)されねばならない。