祝祭共働は持続する
娯楽は人間生活に必要不可欠だ。「今日の仕事はつらかった、あとは焼酎をあおるだけ」という山谷ブルースには一般大衆の本音がある。つらい労働の後の一杯の焼酎、それに象徴される娯楽は多くの人にとって生きる糧にさえなる。しかし、娯楽は長続きしない。焼酎ばかりあおって いると、やがてアル中になってしまうし、たとい酒を断って他の娯楽に移ったところで人は必ず飽きる。娯楽に見出される祝祭は決して持続しないからだ。そんな状況において、例えばディズニーランドがかくも長きに亘って夢の国であり続けることは並大抵の努力ではない。おそらく、その努力は祝祭共働だと言えるだろう。すなわち、娯楽としての祝祭は持続しないが、古くなった娯楽を新しき祝祭として前向きに反復していく努力、ディズニーランドの場合で言えば、新しいアトラクションやイベントを不断に企画・実現していく努力は祝祭共働となる。非日常の祝祭はいつか閉幕せざるを得ないが、それとは区別された日常の祝祭共働は決して終わることがない。そして、持続する祝祭共働は労働と娯楽の循環から成るパラダイスを超えていく。それはきっと娯楽以上の生の充実をもたらすに違いない。