補足その二:「無力の力」と恩寵
故意にせよ過失にせよ、崖から足を滑らせれば人は落ちる。善人も悪人も関係がない。人が自然に生きる限り、誰も重力の法則の支配から逃れることなどできないからだ。モノは通常、上から下へと運動する。火山の噴火のように、下に力(エネルギー)が溜 まっている場合は上へと運動することもあるが、それはあくまでも一時的な運動であって、噴き上がったマグマもやがて下へと落ちてくる。結局、モノは重力の法則に反抗することができない。むしろ、川の流れのように、上から下への運動に忠実に生きることが人を幸福にすると考える方が賢明なのだ。しかし、重力の法則は往々にして抑圧の原理に転化する。その場合、下で抑圧されて溜まった力はマグマのように上へと噴出する。ここに見出されるのは「上から下への運動の力」と「下から上への運動の力」の相克に他ならない。問題は、噴き上がったマグマもやがて落下してくるように、「下から上への運動」も結局は「上から下への運動」に転化せざるを得ないという現実だ。それが力による運動の運命だと思われる。しかし、シモーヌ・ヴェイユは書き遺している。「魂の自然な動きは全て、物質における重力の法則と類似の法則に支配されている。恩寵だけが、そこから除外される。」恩寵にこそ「無力の力」の可能性がある。