どん底
私はどちらかと言えば貧しい家庭に育ちましたが、地道に働く両親の御蔭で「明日の米にも困る」というような窮境を味わうことはありませんでした。しかし、どういう影響によるものか――おそらく「生きよ、堕ちよ!」という安吾の叫びや哲学教師でありながらルノーの自動車工場で働こうとしたシモーヌ・ヴェイユの生き方などからの影響だと思われますが――どん底の生活を知らなければ、「人間として本当に生きること」はわからないのではないか、という思いに駆られてきました。それで例えば「山谷のドヤ街での生活をしなければならぬ」などと思ったりして、実際に実行もしたのですが、よく考えてみれば、意識的に堕ちようとして辿り着く場所がどん底である筈はありません。どん底は自分で堕ちることのできるものではなく、否応なく堕とされてしまうギリギリの場所でしょう。今更ながら、自分の甘さを痛感する次第です。
何れにせよ、現実にどん底で生活している人は私の極めて観念的なユートピアなど歯牙にもかけないと思われます。そしてどん底では、イエスのように生きることよりも、キリストに救いを求めることの方にリアリティがあるでしょう。しかし私はその現実を無視しているわけではありません。むしろ、そうしたどん底の現実から生まれるユートピアこそ「真のユートピア」だと思っています。私は甘い人間ですが、その原点から目を逸らすことなく、「真のユートピア」をめぐる思耕を続けていくつもりです。