祝祭的地平の創造
「地平の融合」を発展的に解釈すれば、それは一方が他方の目線に合わせることではなく、むしろ互いの究極的関心に基いて新たな地平を創造することになると思います。もし「相対性理論」に関心があるのがインテリのみであるなら、それに関心のない大衆との間に「地平の融合」は生じないでしょう。その場合には、インテリが大衆の目線に合わせても意味がありません。しかし「世界(宇宙)を理解したい!」という関心が人間にとって究極的なものであれば、インテリとか大衆といった区別を超えて、世界の解釈における「地平の融合」への可能性が生まれてくるのではないでしょうか。
同様に、ユートピアの解釈においても「地平の融合」が生まれてくるのを期待しています。とは言え、私は「ユートピアの実現」に向けての思耕を続けていますが、その関心の輪が今一つ広がっていかないのが現状です。勿論、それは私の書き方に問題があるわけですが、ユートピアそのものに対する関心は人間にとって根源的なものであることを確信しています。そして各人がそれぞれの地平でユートピアを求めていけば、きっと共働=共生の地平が開けてくるものと思います。私はそれを祝祭的地平として理解しています。