村の批判について
暫く「死んだ振り」をして今後の活動に向けての勉強をしている間に、村の稲作担当のO氏が離村を表明するなど、図らずも大きな転機が訪れつつあるような気がします。と言うのも、稲作に限らず、これからは村内だけでは対処できない状況になると思われ、否応なく外からの新しい血の導入が必要になると予想されるからです。しかし村の閉塞状況の根は深く、なかなか直ちに改革の開始というわけにはいきません。
例えば最近、村のHPに対する批判があることを或る人から耳にしました。それは私の書いたものに対するもので、「村のHPに村を批判するような文章があるのはおかしい」というものだそうです。私はそのことを聞いた時、実に情けなくて全身から力が抜けていく感じがしました。殊にそれが先月体験入村に来ていた大学生の意見であるということを知って、全く失望しました。古い人ならともかく、比較的若い人が村のHPをどこかの党の機関誌のように考えていることは実に嘆かわしいことです。
私は以前にも村のHPの方向性について書きましたが、そこでは様々な意見が自由に述べられるべきだと考えています。たとい村に批判的な意見であっても、それが村の理想実現に向けてのものであるならば、むしろ歓迎すべきだと思います。勿論、下らぬ中傷は論外ですが、村に対する自由な批判を排除するような検閲的姿勢はおよそ村らしくないと言うべきでしょう。しかし現実には、どうも「村の批判をすることは村らしくない」という短絡的な意見が支配的なようで、村について自由に意見を書き込める「掲示板」の存在さえ「村らしくない」と見做される始末です。こうした雰囲気を打破することは容易なことではありません。