なしくずしの入村 | 新・ユートピア数歩手前からの便り

なしくずしの入村

昨夜の定例会には入村を希望されるSさんが出席され、その思いを述べられました。それは、大略、「今の社会は一部の人達だけが豊かに暮らせる不平等なもので、憤りを感じている。それ故、新しき村の活動を通じて、自分としてできることをやっていきたいと思う」という主旨でした。そうしたSさんの入村希望に対して、「村の生活は理想通りにはいかない」というような聞き厭きた意見が出されたものの、さしたる反対意見はなく、「じゃあ、仮入村ということで…」とスンナリ事が運びそうに思われました。しかし、村内理事の一人であるH氏が「待った」をかけたのです。


尤も、H氏はSさんの入村に反対したのではなく、「入村を決定するに当っては、もっと慎重になるべきだ」と主張されたのです。そして、「実に嫌なことを言いますが」と前置きして、先日私が述べたような村の苦しい経済状況を指摘されました。すなわち、「村では一人あたり130万円かかるが、Sさんが村に入られて130万円収入が増えるという保証はない」ということです。それに対して、同じく村内理事のW氏は「そんな経済的なことばかり言っていては駄目だ。確かに新しい人が来て、すぐに村の収入が増えるということはないだろうが、我々は新しい人の将来性に期待すべきだ」と反論しました。その後、色々と意見が出されましたが、結局結論は出ず、翌日の昼休みに(つまり、今日これから)、もう一度話し合うことになりました。しかし、議論の流れからして、おそらくSさんの仮入村は認められるのではないかと予想されます。


さて、会の間中、私は敢えて沈黙を守っていました。それは皆が「入村」ということを如何に考えているかを客観的に見極めたかったからです。その結果、了解したことは、「入村」ということの意味の重大性を真剣に考えているのはH氏以外にはいない、ということです。確かに、上に述べたようなH氏とW氏との意見の違いに関して言えば、経済的なことをうるさく言うH氏よりも新しい人の将来性に期待するW氏の方が「新しき村的」だと言えるでしょう。しかし、率直に言って、W氏の期待は全く無責任なものでしかありません。おそらくH氏とて、新しい人の将来性に期待したいという気持に変わりはないでしょう。ただ、そういう期待をするためには、先ず経済的なものの前提が必要になると思われているに違いありません。その点、私は基本的にH氏と同意見です。Sさんに限らず、新しい人の入村は村の発展には不可欠です。しかし、今の体制のまま、なしくずしに入村者を増やしても意味がないでしょう。とは言え、矛盾しているように思われるかもしれませんが、私はSさんの入村に必ずしも反対ではないのです。要は、Sさんが「新しき体制」を実現するために共働してくれる人でさえあればいいのです。


何れにせよ、「Sさんの入村希望はスンナリ諒承されることはないだろう」という私の予想は半ば外れました。私の予想は、村ではH氏のような意見が支配的だろう、という思いによるものでしたが、それは全くの誤算でした。村人の殆どは、経済の在り方を含めた現体制の問題点に無頓着で、一人入村者が増えれば、それだけ自分の労働が楽になるという程度のことしか考えていないような気がします。やはり、こうした雰囲気の中では、「新しき体制」を実現することは難しいのかもしれません。