同じ轍を踏む
自分で言うのも何ですが、私は生来器用な人間で、何を始めても大抵平均的なレベルまでは容易に達することができます。しかし、裏を返して言えば、それは何をやっても中途半端だということになるでしょう。つまり、平均的なレベルを突破することができないのです。
例えば、かつて不登校の高校生を対象にした学校(サポート校のようなもの)で教えていた時もそうです。公教育の歪んだ制度の犠牲者とも言うべき彼等は総じて学力が低く、そのために何かを積極的に学ぼうという意欲に欠け、授業中は寝ているかマンガを読んでいるという有様でした。しかし、そうした生徒とよく話してみると、本当は「勉強して、色々なことを理解したい!」という熱い思いを抱いているのです。ただ受験を目的とする学校のペースについて行けず、彼等の「学び」への意志が置き去りにされてきただけにすぎません。それ故、どんなに時間がかかってもいいから、彼等の「学び」のペースに合わせること、例えば小学校レベルの分数計算がわからなければ、そこまで遡って学んでいくことが必要だと私は思いました。それで仲間の教師達とそうした授業を行なうべきだと校長に提案したのですが、彼は教育を「ビジネス」としてしか考えておらず、そんな面倒なことはする必要はないと言ったのです。そのような言わば「高校卒業資格」を金で売るような学校のあり方に我々は反発し、組合を結成して校長と対決しました。親の有志の協力も得て、いいところまで校長を追い込んだのですが、結局決定的な一線を突破することができませんでした。と言うのも、その学校は校長がつくったもの(学校法人ではありませんでした)であり、「自分の方針に異存があるなら、他に行ってくれ」という態度に出たからです。勿論、そう言われても戦い続けることはできたのですが、次第に「こんな校長相手に戦うのは馬鹿馬鹿しい」という気分になってきました。また、仲間の教師達の中に「解雇」に対する不安からラディカルな行動をためらう雰囲気も出てきて、委員長を務めていた私としてもやる気を喪失し、結果的に私だけがその学校を去ることになった次第です。
どうも前置きが長くなって、今日の便りで述べたいと思っていたことを書く時間がなくなってしまいましたが、新しき村における現在の私の状況は上記の状況と似ているような気がしてなりません。私は再び、同じ事を繰り返すのでしょうか。