共生―競争―祝祭
「新生会」では今、Y氏の主導で「共生経済」についての勉強会が始まろうとしています。題材はNHKで先頃放映された内橋克人氏の人間講座「共生経済が始まる:競争原理を超えて」です。未だ「新生会」の活動は具体化していませんが、こうした試みを通じて、「新しき拠点」を摸索していければと思っています。
ところで、「共生経済」と言えば、そもそも新しき村こそ「自他共生」の理想実現を求めてきた筈です。しかし、繰り返し申し上げているように、村の現実はその理想には程遠いものだと言わざるを得ません。実に残念なことですが、我々はこの現実から出発する他はないでしょう。そして、その第一歩こそ「新生会」の活動なのです。それが具体的にどうなるかは今後の話し合いで決まっていくと思いますが、如何なる活動になるにせよ、「共生原理」に基くものになることだけは間違いありません。
しかし、問題は「共生原理」とは何か、ということです。それは本当に「競争原理」を超えることができるでしょうか。私は先日の便りで、「共生社会」の問題は倦怠だと書きました。それに対して、「共生社会は倦怠を引き起こすような社会ではない」というコメントを戴きました。私はそのご意見に基本的に同意します。と言うより、我々は「倦怠を引き起こすことのない共生社会」をこそ実現しなければならないと思っています。正にそれが「競争原理」を真に超える「共生社会」だと言えるでしょう。果して、そのような真の「共生社会」は如何にして実現するのでしょうか。
私はここで、一つの弁証法的な図式を示したいと思います。それは「共生―競争―祝祭」というものです。すなわち、始源の楽園とも言うべき「共生社会」から「競争社会」を経て、最終的に「祝祭社会」に到達するというヴィジョンです。この図式において、「祝祭社会」こそ真の「共生社会」の実現を意味することは言うまでもありません。