消費と生産 | 新・ユートピア数歩手前からの便り

消費と生産

奴隷が生産し、主人が消費する――この構図において、誰も奴隷になどなりたいとは思わないでしょう。事実、今では昔のような奴隷制度はなくなりました。しかし、消費するだけの主人が根絶されたとは言えないと思います。勿論、これは「生存」の次元のことです。

 

人生の本質は「生活」にあります。しかし「生活」をするためには先ず「生存」しなければなりません。そして「生存」を維持するために必要なものを生産することを余儀なくされるのです。基本的には衣食住に関する生産なくして我々は「生存」できないでしょう。こうした「生存」に関する生産活動を「労働」と称するならば、これは全ての人間にとって義務だと思います。

 

さて、ここで確認しておきたいことは何人たりとも義務労働を免れることはできない、ということです(言うまでもなく、何らかの障害のある方や高齢者は別です)。言い換えれば、義務労働から解放された状態をユートピアと見做すべきではないのです。確かに義務労働からの解放は一つの理想でしょう。しかし、それは昨日述べたように「主と奴の関係」においてしか可能にならぬものです。その意味において、我々の求めるべき「真のユートピア」は「主と奴の関係」の止揚を絶対条件としなければなりません。