主と奴の弁証法 | 新・ユートピア数歩手前からの便り

主と奴の弁証法

とびきりゴージャスな生活、同じ靴下を二度履くことのない生活、すなわち「生存」の苦労から完全に解放された生活――それが真のユートピア(理想の生活)でしょうか。

 

もしそうだとしても、それが可能になるのは一部の「主人」だけでしょう。言うまでもなく、「主人」が「生存」の煩いから自由になるためには、それを引き受けてくれる他者が必要になります。従って、全ての人間が「生存」の苦労から解放される「ユートピア」は原理的に不可能だと言わざるを得ません。それは「主と奴の関係」に基くことなくして成り立たないユートピアです。

 

一方、宮澤賢治は「全世界の人間が幸福にならなければ、個人の幸福はあり得ない」と言っています。私にとって、これは絶対的な真理です。そして「真のユートピア」はこの真理にこそ基かなければならないと思っています。しかし、それは如何にして可能になるのでしょうか。言い換えれば、それは先述した「主と奴の関係」に基くユートピアを如何にして切り崩すことができるのでしょうか。この問題について暫く思耕することにします。