労働の止揚 | 新・ユートピア数歩手前からの便り

労働の止揚

理想社会において人は労働から解放され得るでしょうか。今のところ労働は義務です。人は皆、生活を維持するために労働を余儀なくされます。「働かざる者、食うべからず!」というのが依然として基本原則です。しかし、これはあくまでも過渡的な原則ではないでしょうか。

確かに人間は食わなければ生きていけませんが、さりとて食うためだけに生きているのでもないでしょう。そもそも食うためだけなら、殊更働く必要などありません。人間のみが食うために働いています。他の生物は単にあるものを食べているだけです。しかし人間は違います。人間は食うこと以上の何かを求めます。人間にとって食うことは、その何かをするための前提ではないでしょうか。そして人間はその前提を合理的かつ確実なものにするために働く(共働)のです。もし働かなければ、一日の大半を食うことを満たすために忙殺されるに違いありません。

労働の目的は食うためですが、それは少なければ少ないほど望ましいと思われます。すなわち労働からの解放は労働それ自体の目的でもあると言えるでしょう。「働かないでも食っていける社会」は原理的に無理がありますが、「最小限の労働で食っていける社会」の実現は可能だと思います。労働は人間の究極的な目的ではありません。

何れにせよ、古くはポール・ラファルグの「怠ける権利」や比較的最近ではボブ・ブラックの「労働廃絶論」など、労働の止揚はユートピアの実現にとって核心的な問題に他なりません。今後も更なる思耕を続けていきたいと思います。