生活と生存 | 新・ユートピア数歩手前からの便り

生活と生存

「生活(live)するということは、この世において稀有のことである。大抵の人は生存(exist)している。そしてそれがすべてである」(オスカア・ワイルド)

「大抵の人は生きている。滅多に飢え死にすることはない。しかし、ただ生きているということだけで、その生き方は鳥や獣がただ生きているから生きているというのと異ならない。生きているということの悦びを享受するのでなければ本当に生きているとは云えない。それはただワイルドの所謂生存することであって生活することではない」(本間久雄)

自然に流されて、ただ生きて在るだけでは人間として本当に生きることにはなりません。生を輝かせること、すなわち生活の芸術化にこそ人間として本当に生きることの意味があると思います。生存より生活、自然の楽園より芸術の人工楽園。生きることの真の快楽は自然には存在しないものを創造することにあるのではないでしょうか。おそらく、こうした私の考えには異論が多く、全ての人がこうした生活観を受容するわけではないと思われます。生存段階で満足して生きられる人はそれでいいでしょう。こんな言い方をすれば悪しきエリート主義のように誤解されるかもしれませんが、生存以上の生活を求める私の気持には切実なものがあります。そして、そこにこそ「新しき生活」の本質があるとも思っています。皆さんはどうお考えでしょうか。