oxymoronとしての新しき村
新しき村の精神は人間の主体的情熱を掻き立てます。キルケゴール的に言えば、その精神が求める理想は「そのために生きかつ死ぬことができるようなイデー」に他なりません。すでに八十六年の歳月を閲していながら、そのインパクトは常に新しい。しかしその「真の新しさ」がどれだけ理解されているでしょうか。勿論その理解は一様ではなく、様々な見解があるに違いありません。例えば私は最近、新しき村の「村」という語に抵抗を覚えるという意見に二度接する機会を得ました。すなわち新しい社会の実現を目指す運動に「村」という古臭い語は相応しくないというのです。しかし私はこうした見解に新しき村の「真の新しさ」に関する根本的誤解の典型を見出します。
確かに「新しき村」という言葉は矛盾を孕んでいます。それは英語で言うoxymoron(矛盾形容法。例えば「冷たい炎」など)に他なりません。すなわち村に相応しい形容は「古い」であり、それを否定する(近代)都市にこそ「新しい」という形容が適していると言えるでしょう。しかし乍ら、「古き村」は言うに及ばず、「新しい都市」にも「真の新しさ」はないと私は思います。それらは共に我々の究極的な理想にはなり得ません。
何故でしょうか。「新しい都市」における個人主義では「生の充実」が得られないからです。ここには人間として本当に生きることの絶対的な逆説があります。言うまでもなく、それは新しき村の精神が理想とする主体的真理ですが、「世界全体が幸福にならなければ個人の幸福もあり得ない」という宮澤賢治の言葉にも通底しています。すなわち全体の幸福と個人の幸福は密接に関係しており、それらは弁証法的に統合されなければならないということです。更にその統合を村と都市の関係において考えるならば、前者の公的領域と後者の私的領域が問題になるでしょう。そして現代人のニヒリズムの根源が個々バラバラに切り離された孤立感にあるとすれば、その克服の可能性は村における全体的結びつき=連帯感にこそ見出されるに違いありません。尤も、その全体的結びつきは往々にして悪しき全体主義の「古き村」へと堕する傾向にあります。そこに近代都市が出現しなければならぬ必然性もあるわけですが、さりとて我々の本来的実存が育まれる「魂のふるさと」としてのムラ(原郷)をも否定することはできないでしょう。勿論、我々は後向きに「古き村」に還ろうとするのではありません。あくまでも前向きに「新しき村」を実現したいのです。では、「古き村」と「新しき村」の違いは何でしょうか。実に難しい問題ですが、今後も諦めることなく思耕を深めていきたいと思います。
確かに「新しき村」という言葉は矛盾を孕んでいます。それは英語で言うoxymoron(矛盾形容法。例えば「冷たい炎」など)に他なりません。すなわち村に相応しい形容は「古い」であり、それを否定する(近代)都市にこそ「新しい」という形容が適していると言えるでしょう。しかし乍ら、「古き村」は言うに及ばず、「新しい都市」にも「真の新しさ」はないと私は思います。それらは共に我々の究極的な理想にはなり得ません。
何故でしょうか。「新しい都市」における個人主義では「生の充実」が得られないからです。ここには人間として本当に生きることの絶対的な逆説があります。言うまでもなく、それは新しき村の精神が理想とする主体的真理ですが、「世界全体が幸福にならなければ個人の幸福もあり得ない」という宮澤賢治の言葉にも通底しています。すなわち全体の幸福と個人の幸福は密接に関係しており、それらは弁証法的に統合されなければならないということです。更にその統合を村と都市の関係において考えるならば、前者の公的領域と後者の私的領域が問題になるでしょう。そして現代人のニヒリズムの根源が個々バラバラに切り離された孤立感にあるとすれば、その克服の可能性は村における全体的結びつき=連帯感にこそ見出されるに違いありません。尤も、その全体的結びつきは往々にして悪しき全体主義の「古き村」へと堕する傾向にあります。そこに近代都市が出現しなければならぬ必然性もあるわけですが、さりとて我々の本来的実存が育まれる「魂のふるさと」としてのムラ(原郷)をも否定することはできないでしょう。勿論、我々は後向きに「古き村」に還ろうとするのではありません。あくまでも前向きに「新しき村」を実現したいのです。では、「古き村」と「新しき村」の違いは何でしょうか。実に難しい問題ですが、今後も諦めることなく思耕を深めていきたいと思います。