自己紹介に代えて | 新・ユートピア数歩手前からの便り

自己紹介に代えて

私は数年前まで岐阜県の小さな短大で宗教哲学を教えておりましたが、自らの「思耕」の成果を実践するために、意を決して新しき村にやって来ました。ずっとキリスト教を中心にした宗教思想を研究してきたわけですが(とはいえ私はキリスト教徒ではありません)、1989年にPh.Dを取得してアメリカから帰国する頃から「これからは研究よりも実践だ」と思い始めました。勿論、宗教について全てを研究し尽くしたわけではありませんが、宗教もしくは哲学の本質は結局「人間が本当に生きるとはどういうことか」という問いの解明であり、それは私自身が本当に生きてみせることでのみ成就されると思ったのです。マルクスも言っております――「哲学者はこれまで世界を様々に解釈してきた。しかし、重要なことは世界を変革することだ」と。少なくとも私は様々な宗教や哲学の思想をただ講義するだけの人間にはなりたくありません。そんなわけで、帰国以来、実に滑稽な試行錯誤を繰り返してきましたが、不登校の高校生を対象にした学校で教えたのを切掛に「人間の真の自立」ということを中心に考え始め、それはやがて農の実践、更には理想的なコミューンの実現というヴィジョンにまで発展しました。その過程で、オーエン、フーリエといった所謂ユートピア思想、ソローの「森の生活」、日本では安藤昌益、宮澤賢治、そして武者小路実篤の新しき村などに関心を持った次第です。


新しき村については、その名前だけは昔から知っておりましたが、それが現在も続いていることを比較的最近知り、村のHPを通じて2001年の5月に村を初めて訪れました。それ以来、折に触れて村を訪れたのですが、その回数を重ねる度に、新しき村を実現することの困難さを思い知らされました。「村は絶望的に停滞している」というのが私の偽らざる印象でした。実際、新しき村に関心を持って入村しても、やがて幻滅して離村してしまう者の後が絶えません。おそらく皆さんが来村されても、その理想と現実の余りのギャップに幻滅されることでしょう。かく言う私も幻滅を余儀なくされた者の一人でした。その時の村には武者小路実篤の精神が息づいているのを実感できる所が殆どなく、そもそも村の理想について熱く議論できる雰囲気がなかったのです。むしろ、それを求めると嫌がられる傾向さえありました。何故こんなことになってしまったのか、それを詳しく分析している暇はありませんが、ただ村には日向の時代から「農業現実派」と「芸術理想派」の対立という問題があったようです。すなわち、新しき村は決して単なる農業生産共同体ではない筈ですが、さりとて農業による経済的自立なくして「自己を真に活かす生き方」もあり得ない、というディレンマです。それ故、「人はパンのみにて生くるにあらず」と思って新しき村での生活を始めようとした人がパンの生産だけをしているように見える村の現状に幻滅するのは当然でしょう。重要なことは「パン以上の理想」(魂の糧)と「パンの現実」(肉体の糧)のバランスであり、新しき村にはその両者が必要不可欠であるにもかかわらず、今の村は「パンの現実」に囚われ過ぎているように思われたのです。


とまれ、私はこうした村の現状に幻滅し、入村を諦めかけました。しかし今は、その幻滅にもかかわらず、敢えて入村し、そこに踏みとどまるべきだという思いを次第に強くして、現在に至っております。と言うのも、今の新しき村を断念して、私自身の新しき村を一から創ろうとしたところで、結局同じようなディレンマに直面するのは明白だからです。とすれば、たとえ現状がどんなに停滞していても、今の村に踏みとどまって、少しずつその理想実現に努めていくべきでしょう。幸いなことに、今の村でもその改革の可能性が皆無だというわけではありません。村内の若い人や村外会員の中にも、村の改革を望む声は次第に大きくなりつつあります。大袈裟に言えば、新しき村の実現は人類の理想だと私は思っています。そして、その理想を全世界に広めていくことが村の使命だと思います。残念ながら、今の新しき村は未だその理想を実現しておりませんが、多くの「同志」が共働すれば必ず実現できるものと信じております。その意味において、多くの方々との出会いを心から求める次第です。