(11)






――ほうら、見たかい。


どんなに綺麗ごとを並べても、たった一つの感情。


ぼくの中の“怨み”の持つ力に、君たちはかなわない。


その弱々しい姿が…君たちの真の姿だ。


愛、愛、愛…


君たちが愛と呼んでいるものは、その程度のものでしかない。


ほんとうの愛なんてない。


善と呼んでいるものは、偽りでしかない。


分かっただろう?




ほら、君たちの中にもあるはずだ。


声に出してみろ、怨みの言葉を。


吐き出してみろ、呪いの文句を。


叫んでみろ、愛されなかった痛みを!!




風は勢いを強める。


闇の雲はどんどんとその範囲を広げる。


それは正に地球全土を覆っていくように思えた。



「あんたねえ~~


 この期に及んでグチグチネチネチ…」




はなみは僕の襟を左手でつかんだまま、


風の流れに逆らって進み続ける。


僕には分かった。


風の吹いてくる方向、風の生まれる一点を目指している。




「分かったわ。


 言葉で言っても分からない子には、これしかない。


 教えてあげる。


 この世界にはね…


 相手のことを本気で思う、


 本気の愛のパンチ


 ってものがあるのよ!」




光が。


僕の頭から放たれた光が、はなみの右手に集中していく。


集約されていく。


なんだこれは。


はなみの右手を中心に、光の渦が生まれている。




――ふふふ。


無駄無駄。無駄なことだよ。


僕はこの世界を覆う存在。


この世界の何よりも古くからあり続けてきた存在。


君たちのその光なんて、ちっぽけな力に過ぎない。


この物質世界のひとつの物理現象に過ぎない。


僕にはきかない。


届きはしない。


そんな光で…世界の闇を払うことはできない。


世界は、闇によって作り変えられるんだ。


君たちの力は、僕には永遠に届かない!!






「う・る・さ・いいいいーーーーーーーー!」




はなみが大きく振りかぶった。


光の渦が美しい弧を描く。




「きえええええええええーーーーーー!」






あたまテラス ものがたり-22








そこで僕が耳にしたのは


聞いたこともないような激しい金きり声だった。




そして、静寂。




流れていた空気が、一瞬にして動きを止めた。






「い…い、


 ……いたい」




つぶやき声。




「いたい。痛い!」


闇に…ダメージがある。




「なぜだ!なぜそんなパンチが…ぼくに、届くんだ」




二発、三発。


漂う黒い粒子に向かってはなみが拳を振るう。




「ぐっ グハッ


 こ、こ、こんなことが……


 な、な、な…なぜ……と…届く」




彼は困惑していた。




「教えてあげる」


はなみが言った。






「この世界に、愛の届かない場所なんて無いのよ」





(つづく)

(10)






彼の心の流れが激しく乱れた。




――わ・か・る…?


…わかる、だと?


お前たちにこのぼくの心が、分かる、だと?




ほんの十年二十年生きただけのお前たちが…


この体に刻まれた幾億数千もの傷の痛みを…


千の夜を幾度も越えたこの傷の痛みを、


分かる、だと?




ふざけるな。


分かるはずがない。


分かるはずがない。




分かるはずが…ない!!!!






突然、風が吹いた。


「うわ、な、なんだ……?!」


すごい勢いで空気が流れる。


僕たちの体もその方向へ流されそうになる。




「あ、天野くん!手を握って…離しちゃ駄目!」




大気が揺り動く。


霧として漂っていた粒の一つ一つが、


僕らの目の前の一点に集中していくのが分かる。


そこに、黒い塊が生まれていく。




――もう、手遅れだ。


戦いを終わらせるのは君たちじゃない。


このぼくだ。


ぼくが世界の全てを覆う。


闇の世界を作る。


それが…全ての終わりだ!!






次の瞬間、高密度に集約された霧の塊が


今度は一気に放射された。


さっきにも増して、凄まじい風圧が僕らを襲う。




「あ…天野くん!!」




空気の流れに体勢を崩した僕は、はなみの手を離してしまった。


僕の体が宙を舞う。


突風の勢いと、地球の重力が、僕を運ぶ。


視界には、黒、黒、黒。


黒一色の世界。


闇の雲が、世界を覆う。


人々の心の中に、闇しかない世界が訪れる。


それが…戦いの終わり?世界の終わり?




意識が薄れていくのが分かる。


僕は…このまま死ぬのか。


大地に体を打ち付けて死ぬのか。


これが…僕の世界の結末なんだろうか。




確かに、彼の言うとおりかもしれない。


このドス黒くうごめく粒の一つ一つが、


彼がこれまで取り込んできた痛みなのだ。


幾世紀にもまたがって人類が積み重ねて来た、


負の記憶のかたまりなのだ。




それこそが、闇。




なぜ彼を救えると思ったのだろう。


はじめから、僕たちに…


どうにかできる相手じゃあ、なかったのかもしれない。






その時だ。


闇の粒子の間から、一本の腕が伸びて僕の襟をつかんだ。


僕の電気スタンドが白く照らし出したその手は、他の誰でもない…


はなみの手だった。




「あいつ…そうとう根性ひん曲がってるわね。


 でも、あきらめちゃ駄目だよ、天野くん!
 
 天野くんの中の光は…あんな奴には負けない!!」




はなみちゃんがアイツを怒らせたんじゃないか。


とは、言えなかった。





(つづく)

(9)






「アンタねえ。


 愛されなかった愛されなかった。


 じゃあ、アンタは何なのよ。


 誰かの為に死ぬほど心を尽くしたことがあるの。


 誰かを愛したことがあるの。
 



 だいたい、そもそも。


 闇、闇って、いったいなんなの?


 そのよく分からない抽象的概念のために…


 私が! 


 私が今までどんだけ苦労したと思ってるの?


 アンタ!


 傷つくのも、いじけるのも…アンタの勝手だけど、


 他人を巻き込まないでよ、他人を!


 しかも私を!」




――な、な…


何を言ってるんだ。


ぼくは…闇だぞ。


この世界の人々の心の負の部分を


吸収し続けてきた、最も暗黒な存在。


君たちの心の暗部をうつした鏡。


それがぼくだ。


分かってるのか!!




「そんなの、知らないわよ!


 一昨日来やがれ、てやんでい!


 何?“光あるところに、闇は生まれる”、ですって?


 そんな、物理的な現象と人の心の問題をすり替えないでよ。


 結局アンタは自分に言い訳して逃げ続けてるだけじゃない。


 誰か他人のせいにして逃げているだけじゃない。


 分かる?


 あなたが理由なくいじけてる訳じゃないことも分かる。


 いっぱい傷ついてきたのも分かる。


 だけど…私たちは、それで愛することを諦めちゃ、駄目なのよ。


 どんなに愛を求めてもいい。


 愛情に甘えてもいい。


 だけど、最後には自分から愛することをしなくちゃ…


 それだけが、あなたが本当のあなたでいられるたった一つの方法なんだから。


 この世界の全ての人は、誰だってみんな輝ける。


 私はそう思う。



 私は…自分の存在なんて、ちっぽけで…意味がないと思ってた。


 他人に迷惑をかけるだけの人間だと思ってた。


 でも…そんな私を思ってくれる人がいた。


 照らしてくれる人がいた。


 私を輝かせてくれる人がいた。


 その光を…私も、誰かにまた分けてあげたい。


 そうやって…広げていくことができるって、私はそう思う。




 “光あるところに闇が生まれる”? 


 そんなの、それこそ嘘よ。


 光を遮るものがなければ、影はできない。


 世界中、全ての人が光り輝けば…


 この世界に、影も闇も生まれない。


 それが、この世界の最初の真実よ。


 違う?」




――な…な……。






むちゃくちゃな論理展開だった。





(つづく)