(6)






「あ、ごめんごめん。


ちょっとぼんやりしてた」




ひかるはそう言うと後ろで転がっているボールへと走った。




「部活? やってたんですか?」




僕はつい、もう一度聞いてしまった。


ひかるの反応を見れば、


この話は変えるべきだったかもしれない。




「いや、やってないよ。


 部活っていうか、学校にもろくすっぽ行ってなかった」




ひかるは明るい声でそう言うとボールを打った。




“学校にもろくすっぽ行ってなかった。”


僕には、この言葉の意味が分かってしまった。




彼女も、頭から電気スタンドがはえた人間なのだ。


アマテラスの使いは、生まれてすぐに


同じ能力を持つ仲間によって見出される。


今、組織に入らず、


組合と戦っているかのようにしているひかるも…


幼い時代に、何か組合との接点があったはずなのだ。




そして詳しいことは分からないけれど…


普通の子どものように普通に学校に通って


友達と遊んで…


そんな当たり前の体験とは


遠い世界を生きてきたのかもしれない。




ラリーが続いた。


さっきとはうって変わって、ほとんど初心者の僕に対して、


打ち返しやすい球を打ってくれているのが分かる。


こんなに長く続くものなのか。


そんな風に思ったちょうどその時、


ひかるがボールを空振りしてラリーは途切れた。




「あ、もう時間だね。


 延長料金取られないうちに終わろう。


 いい汗かいた~~」






数分後、僕らはゲームセンターから家に続く道の途中にいた。


僕は、今日一日のいろんなもやもやを吐き出さずにはいられなかった。




「なんと言うか…ひかるさんから言われたこと、考えて…


 それで自分なりに、調べられることは調べようと思ったんです。


 でも、結局…余計に何が正しいのか分からなくなりました。


 みんな、それぞれの立場から正義を主張する。


 それって当然のことなのかもしれませんけど…


 組合もウタマロも、何か間違っているようにしか思えなくて」




僕は空になった緑茶のボトルを意味なく振り回した。




「ふうん。


 ま、自分でいろいろ主体的に調べようとしたことはそれでいいんじゃない。


 何か間違ってるって、自分で感じたことも大切にしたらいいよ」




ひかるは予想よりずっと柔軟に、僕を受け止めてくれた。


この前のように、そのままじゃ死ぬ、なんて


怒られるんじゃないかと思っていた僕は少し安心した。




「ひかるさんは…なぜ、組合の邪魔をしているんですか」


何か話してくれるような気がして、尋ねてみた。




「邪魔?アタシが? 


 あはは。


 別に、組合の邪魔をすることが目的じゃないよ。
 
 なんだろなあ…


 ただ…アタシには、守りたいものがある。


 どんなことがあっても、それを守る。


 アタシの行動は、単純。


 ただそれだけだよ。


 そんな感じ」




「守りたいもの……」





(つづく)

(5)






カコーン。




乾いた音を残して、


オレンジ色のボールが僕の横を通り過ぎた。




「よっしゃ!」




ひかるが軽くガッツポーズを決める。


近所のゲームセンターの片隅の、卓球コーナー。


1時間一人300円。




「天野っち、下手だね!」




「体育で少しやったくらいですからね」




ひかるはタオルを取り出すと顔をぬぐった。


ペットボトルに入ったスポーツドリンクを口に運ぶ。


僕もさっき買った緑茶に手を伸ばした。




「で…用事って、なんですか」


僕はひかるに尋ねた。




「え? 用事?」




きょとんとした顔をされた。




「用事があるから来た…って、


 言いましたよね?」




「え? だから、


 やってんじゃん。卓球」




「え?」


思わず聞き返した。




「だから卓球。


 やってんじゃん。


 一人じゃできないでしょ。


 それで付き合ってもらったんだよ」




「よ、用事って…卓球だったんですか」




もっと何か大事な内容があるのかと思っていた。




「卓球、嫌い?


 面白いでしょ。


 自分で球を打ったら、相手が返してくれるんだよ。


 これ、画期的だよねー」




うんうんとうなずく。


僕にはひかるが何に感動しているのか理解できなかった。




「そりゃ、返しますよ。


 そうしなきゃ、ラリーにも試合にもなりませんからね」




「あ、天野っち。


 それを当たり前だと思ってる?


 ま、天野っちくらいの若さじゃ、


 分かんないかもね。


 この深遠な世界」




「何ですか、それ」




「さっ、まだ時間あるし。打とうぜ」




ひかるはさっさと台に戻るとサーブを放った。


ひかるのサーブには、


素人には理解できない変な回転がかかっている。


ゲーセンの卓球コーナーなんて、


手入れのされていない貸し出し用のラケットなのに


ここまで回転をかけられるのは多分上級者なのだろう。




僕はそのサーブにうまく対抗する


ラケットの出し方がまだ分からない。


僕のラケットに当たったボールは、


狙ってもいない方向に飛んで行ってしまった。




「こんなの、返せませんよ」




さっきは打ったら返ってくるのが面白いと言っていたくせに。


でも、相手が打ち返せないボールを打ってこそ、勝負が成り立つ。


言われてみれば、


不思議なバランスで成り立っているスポーツのような気もしてくる。




「それにしても上手いですね。


 部活か何か、やってたんですか?」




ボールを拾うとポーンとひかるの方向に打ち返した。


ひかるはそのボールに何の反応もしなかった。




ボールは鈍い音で跳ねながら、


ひかるの横を通り過ぎていった。





(つづく)

(4)






夜になった。


僕は自分の部屋にいた。


二人は、今夜はネットカフェに泊まると言っていた。


一日一分の面会時間しか許されていない高齢のはずなのに、


そんな生活でいいのだろうか。


深くは考えないことにした。




あれが本当に、組織の最高指導者なのか。


組織に対して抱いていたイメージとはかけ離れていた。


「本部に行きたい」と言った言葉から、


予想外の展開になってしまったものだ。




思いもしないことがいろいろ分かった反面…


新たな謎も増えた。




はなみが“闇のひとり子”というのもそうだ。


電気スタンドの光を受けるほどに力を増す。


確かに今までに何度か、はなみは


光の中で驚異的な動きをしたことがある。


これまでの“闇の化身”の定義よりは、


こちらの方が当てはまるのは確かだ。




そして、今日新たに明らかになったこと…


ウタマロの存在。


彼は電気スタンドこそが悪魔だと言った。


自分たちは“竜の一族”だと。


闇の化身。悪魔。


お互いを否定し合う、2つの存在。


彼は…ウタマロは、電気スタンド組合のように


相手を抹殺することを目的としているのだろうか。




闇の化身という存在が、これまでどれだけ組合の手によって殺されたのか。


僕には消された記憶がある。


僕が最後の戦いをすることになる。


しかも相手ははなみだと言う。




この自分の体だけでは受け止めきれないようなことが、


次々と降りかかってくる。


僕は、どうしたらいいのだろう…。




「うわっ きったねえ部屋!!」




いきなり後ろから声がした。




「いっくら男が自分一人しか使わない部屋でもさ~
 
 これじゃあ彼女も呼べないじゃん。


 あ、いないか。ははは」




そこにいたのは、頭から電気スタンドをはやした…


ひかるだった。




「ひ、ひかるさん…どうやってここに?」


「2階だからってさ、窓開けとくのは無用心じゃない?


 まあ、今年の暑さは異常だけどね。


 てか、窓閉めてクーラー入れようよ、クーラー」




ひかるは部屋の中をウロウロと歩き回った。


エアコンのリモコンを探しているらしい。




「あ、あの…いきなり入ってきて…非常識じゃないですか」


自分で言いながら、常識という言葉はもう僕には縁がなくなったのだと思った。




「ま、いいじゃん。


 ちょっと用事があって来た。


 今から付き合ってよ」





(つづく)