第19章






(1)






8月31日。


いろんなことが起きた夏だったけれど、


僕はなんとかその日を迎えた。




この数週間、ヤマト達との接触はない。


はなみ達のところにも、


電気スタンド組合から何かの働きかけがあったとも聞いていない。


もちろん、ウタマロとの関わりもない。




不自然なほど、静かに…時は過ぎていた。




そしてそんな静かな日常をなんとなく生きていた僕に、


夏休みの宿題


という巨大な壁が立ちはだかっていた。




現実離れしたことがたて続けに起きていたせいか…


何事もない日でも、現実に目を向けることを忘れていた。




一通り、するべきことを書き出してみる。


残り1日で終わるとはとても思えない量。


僕はめまいを覚えた。




そしてこんな日に限ってエアコンが故障した。


隣の弟の部屋を使わせてもらおうと思ったが、


友達が遊びに来ているらしく


僕は入れてもらえなかった。




彼は用意周到な性格だから、


すでに宿題などスッキリと片付けたに違いない。


羨ましい。代わってほしい。




仕方ない。


僕は宿題を一式かばんに詰め込むと、市立図書館に行くことにした。




夏休みの最終日。


なんだか混んでいそうな予感があったけれど、


事実、図書館は人で溢れかえっていた。




普段は閑散としている学習スペースが人で埋まっている。


今年の暑さは異常だという言葉を


ニュースで何度聴いたかもう数え切れないけれど、


今日もやはりそこから外れることなく、


一際強い日差しが辺りに注いでいた。


家より図書館で過ごしたくなる気持ちも分かる。




僕はなんとか一角に一人分のスペースを見つけると、


そこに荷物を置き、居場所を確保した。




とりあえず、英語から片付けることにする。


夏休み用に用意されたワークノート。


長文読解。


一つのストーリーの後、その内容に関しての設問が続く。




物語は、全部で30ほど。




これ一冊だけで、今日一日で終わるはずがない。




はっきり言って、無駄な努力だ。




しかし、と僕は思う。


終わるかどうかの問題ではない。


そこに近づく努力が重要なのだ。




僕は明らかに先生には通用しない論理を


頭に描きつつ、英文に目を移す。




「あら、ハルキくん」。




名前を呼ばれたので後ろを振り向くと、


この場所にはなんだか不釣合いな人物が立っていた。




「こんなところで勉強なんてするのね、ハルキくんも」




みずきはそう言うと、僕のワークノートを覗き込んだ。





(つづく)

翌朝…僕は、


机の上に一枚のメモが置いてあるのを見つけた。



そこには綺麗な文字でこう書かれていた。




「お前は一人じゃないぜ」





初めて見る字だったし、


誰が書いたとも書いてなかった。




でも、こんなことをするのは…


一人しか思い浮かばない。




いったい、いつの間に。





僕はそのメモを手にとると、


机の引き出しにしまった。






(つづく)

(7)






「別に天野っちにも、何か大切なものがあるだろう、とか


 それを守れとか


 そんなことは言わないけどね。




 何が正しいとか正しくないとかは…


 その時、すぐに分かることばっかりじゃないんだよ、たぶん。
 
 きっと…ずっと後になってからなんだ、


 本当のことが分かるのは。


 何でもが善悪に分けられるわけじゃないしね。




 だからさ。


 結局、今できることは…


 自分の大切な存在を守る。


 アタシにできるのは、それだけだって思う。


 アタシは、そういう風にしか生きられないっていうかさ」

 



「その…ひかるさんの守りたいものって…」




「あはは。


 ちょっと喋りすぎたかな。


 今日のところは、これで終わり。


 卓球、またやろうぜ」




ひかるは急に走り出した。




「え、ちょっと待って…」




ひかるは僕より数歩先の場所でこっちを振り向いた。




「最後に一つだけ。


 アタシ達は、こういう体で生まれてきた。


 それだけは、消せない真実。


 電気スタンドと離れては生きられない。


 でも、天野っちがどう生きるかは…


 誰にもしばられることなんてない。


 天野っち次第だよ。


 それだけ、言っておきたかったんだ。


 じゃね。


 ばいばい!」




いつかと同じように、ひかるは頭の電気スタンドを光らせると


その輝きと共に消えてしまった。


後には、何もない空間が自らの空白を持て余しているような


何とも言えない空虚さが残った。




「守りたいもの」。




ひかるは何を守っているのだろう。


それが、生きる理由になるような…守りたいもの。


僕にはあるだろうか。




「誰にもしばられることなんてない」。




そんなこと、言われなくても分かっている。


分かってるはずだけれど。




その言葉は、何だか心の奥にひっかかるようにして


僕の中にぶら下がっていた。





(つづく)