(4)






「お姉ちゃん!」


病室のドアが勢いよく開いた。




「はなみちゃん」




「あ…あ、天野くん。


 いったい…何があったの?


 お姉ちゃんは…?」




「大丈夫。大きな傷じゃなかった。


 脳にも異常はないって。


 僕がついていながら…ごめん」




「それで…記憶を失ってるとか?


 精神が3歳に戻ったとか…


 お父さんと心が入れ替わったとか?


 そういうのも、ない?」



「うん…ない、と思う」




命に別状はないとお医者さんは言っていたけれど、


そんな不可思議現象が起きていない保証は僕にはできない。




「ああ…よかったあ」


はなみは、みずきの寝顔を見るとヘナヘナと座りこんだ。




「ほんとに…ごめん」


僕は謝ることしかできなかった。




「謝ることないわ。


 私が持っていたあの紙が…原因なんだもの」




みずきの声だ。




「あ、み、みずきさん…良かった、気がついたんですね」


「おねえちゃん~~」


はなみがベッドの上のみずきに抱きつく。




「心配かけて…ごめんね。はなみ」


みずきははなみの頭をよしよし、と撫でた。




それから僕を見た。




「ハルキくん。


 あいつは…いったい」




僕はみずきの目は見ないで答えた。




「あいつは…ウタマロ。


 組合からは、闇の化身と呼ばれている男です」




みずきの表情が変わったのが、顔を見ていなくても分かった。




「あの紙の文字が…


 ある人の書いた字にそっくりだったんです。


 その人は、電気スタンドにまつわる予言を書くことができる人で…。


 だから…ウタマロは、


 あの紙が同じ予言のものだと思い込んで、破いて捨てたんです」




「思い込んで、ね。


 もしかしたら…思い込みではないかもしれない。


 それも、また本物の、予言…かも」




みずきの言葉に、僕は驚いた。




「いや、まさかそんなことは…」




「いいわ。


 私のバッグを取ってちょうだい。


 さっき破かれたのはただのコピーだもの。


 念のため、200部刷っておいたうちの一枚にすぎないわ。


 原本は、私が持ってる」





(つづく)

(3)






「ちょ…なに、何するのよ!」


みずきが思わずウタマロにつかみかかった。




「だ、駄目だ、みずきさん危ない!」




僕がそう言うよりも速く…


みずきの体が宙に浮かんだかと思うと、


数メートル先の柱に激突した。




「邪魔をするな」




何事もなかったかのように、ウタマロは紙を破き続ける。




「みずきさん!」


僕はみずきに駆け寄った。




「大丈夫ですか、みずきさん!」


反応がない。


額から顎に向かって、一筋の赤いしずくが流れた。


頭を打って気を失っているようだ。




騒ぎを聞きつけて、何人かの人たちが集まってきた。




「いいか…小僧。


 そのガラクタ頭を持つ者どもに伝えろ。


 もはやこの下らん予言にも意味はない。


 お前らがこの世界で生き残る可能性は…万に一つもない、とな」




そう言うと、ウタマロは図書館の玄関の方へと歩いていく。




「ま…待て!」


僕はウタマロの後ろ姿に向かって叫んだ。




「みずきさんは…あなた達の戦いとは無関係なはずだ。


 関係のない人まで巻き込んで…


 何とも思わないのか?


 それでもあなたは、自らが正義だと言うのか」




ウタマロは半分だけ振り向いて言った。




「下らん。


 その予言書に関わる者は全て敵だ。


 電気スタンドに関わる者は全て敵だ。


 坊主。お前の命にも…俺が終わりをもたらす。


 時が来ればな。


 忘れるな」




その瞬間、一人の人間の名前が頭に浮かんだ。


そうだ。


どこかで見たことのある字だと思った…ヤエモンだ。




あの字…ヤエモンの日記帳の文字と似ていたのだ。


なぜそんなものが、みずきの家にあったのか?


あれは予言書とほとんど同じ筆跡だった。


だから、それを消すために…ウタマロが現われたのか。




ゆっくりと歩いていくウタマロに、誰も手出しできなかった。




遠くから、救急車のサイレンが聴こえていた。





(つづく)

(2)






「み、みずきさんこそ、


 こんなところに来るんですね」




みずきはTシャツにジーンズという服装だった。


お金持ちには見えないけれど、


子どもと接することが多い仕事柄、


華美な服装は控えているらしい。


メイクも必要最低限しかしない。



しかしそれでも、


この場には似つかないオーラを放っているのも事実だった。




「あ、私はね、ちょっと調べたいことがあって来たの。


 これなんだけど…」




みずきは肩にかけていたバッグから一つの封筒を取り出した。


随分と古い、ボロボロになった封筒だ。




「これ。うちの本家の書庫から最近見つかったんだけどね。


 何ていうか、歴史的に相当な価値のあるものかもしれないの。


 文字が…すごいのよ。


 古代の壁画のような象形文字なの。


 こんなものが日本で、しかも紙に書かれていたなんて。


 学会の通説を覆すものかもしれないわ」




そう言ってみずきは紙を取り出した。




確かに、解読不能の文字が並んでいる。


僕はどこかで見た文字だと思った。




「これ、でもそんな価値なんて私にはどうでもいいの。


 何が書いてあるのか、興味があるのはその中身。


 図書館で文字に関する文献がないかと思って。


 当時の人が何を思ってどんなことを書いたのか、


 それを何とか調べられないかなあって」




へえ。


みずきにしては何だかロマンチックなことを考えるんだな、と思った。




「失礼します。


 お客様、ここは図書館なんですが」


ふいに、男の人が話しかけてきた。




「あ、すいません」


僕は頭を下げた。




「困りますね。


 こういう場所では、静かにしてもらわないと」




「すいません」


みずきも頭を下げた。




「これは…没収します」




男はみずきの手からパッと紙を取り上げた。




「え……?」


僕は顔を上げ、男の顔を改めて見た。


季節に似合わない、コートとマフラーを見につけていた。




「ウタマロ……!」




「没収というか…こんなものは存在してちゃいけない」


ウタマロは、その紙をビリビリと破き始めた。





(つづく)