(3)






次の瞬間だった。


父が、視界から消えた。




「?!」




跳んでいた。




走り高跳びの世界記録が何メートルなのか、僕はいまだに知らない。


けれどきっと、それよりも高い。


そして、天井に張り付いた。


顔だけをこちらに向けて、ニヤリと笑った。




「いや。


 物置なんて、甘いな。


 悪い子には、体に直接罰を与えてあげないとな」




背筋が凍るのを感じた。


父に何が起こってしまったんだ。




「うわあああああ!」




同時に、2階から悲鳴が聞こえてきた。


階段を激しく駆け下りる音。




「あ、に、にいちゃああああん」




走り寄ってきたのは、弟のマサキだ。


顔面蒼白になっている。




「ね、ねえ…姉ちゃんが!!!」




今度は何だ。




次の瞬間。


天井が崩れた。


ものすごい衝撃と轟音だった。




天井に張り付いた父もろとも、2階のフロアそのものが、


僕らに向けて落ちてきた。




2階は僕たち3人兄妹それぞれの部屋がある。


僕の本棚。


妹の勉強机。


弟のベッド。


いろいろなものが一気に降ってきた。


そしてそれらと一緒に落ちてきたのが…




ちなつ。




妹だった。




この破壊を起こしたのは、ちなつだ。


根拠はないけど、直感的にそう思った。




いったい何なんだ。


僕の家族は…どうなってしまったんだ。




僕とマサキは、かろうじて家具の下敷きにはならなかった。




「く…いててて」




周りを見渡した。


店舗部分全体に、2階が上からまるごと降ってきた。


さまざまなものが砕け、散らばっている。


僕の教科書が、弟のランドセルが、あらゆるものが散乱していた。




ひまわり電器店は、見る影もなくなっていた。





(つづく)

(2)






シャッターは下りていない。


営業中の店内、そのままなのに


あかりだけが一つ残らず消えていた。




いつもとは明らかに違うその雰囲気に、嫌な予感がした。


胸の鼓動が速くなる。




「父さん!母さん!」


声を上げてみる。




反応はない。




「マサキ! ちなつ!」


名前を呼ぶ。


やはり、反応はない。




店舗の電気をつける。


その時だった。




何かが、目の前から飛んで来た。


僕はとっさにそれを避ける。


僕の後ろに落ちたそれは、ネジ回しのドライバーだった。




「な、いったい…」


目の前を見た。




父だ。


父が店の端に立っていた。




「と、父さん…?」




「ハルキ…」


口を開いた。


何だか、様子がおかしい。




「今日は…店を手伝ってくれなかったな。


 今年の夏は…なんだか、サボりがちだった。


 いったい…何をしていたんだ。


 今日だって、図書館に行くと出かけて行って…


 本当は、何をしていたんだか」




僕は田中病院での事件を思い出していた。


何人もの人たちが、電気スタンドによって操られた、あの出来事を。


父の様子がおかしいのは一目で分かった。


今度も、何者かが父を操っているのか、と思った。




父は言った。




「駄目じゃないか。


 働いた分バイト代を払う…あの約束…


 このままじゃ、なかったことにしなくちゃあいけないな」




僕はドキッとした。


父は、確かにいつもの父ではない。


しかし…あの時の操られている人たちとは何かが、違う。


あの人たちはみな虚ろな目をしていた。


その目とは、違う。




「さあ、お仕置きしなくちゃな。


 約束を破った罰は…なんだっけ。


 物置に入るんだったよな」




いつもの父ではない…


けれど、父であることに変わりはない。


うまく言えないけれど、


“他者に何か干渉されて様子がおかしいのではない”。




そう感じた。




「さあ…いい子だ。


 何時間がいいかな。物置。


 2時間…? いや、もっと長くだな」





(つづく)

第20章






(1)






8月31日。


8月最後の日。


その日は、小さな頃から特別な日だった。


夏休みが終わる日。


繰り返された毎日の最後に、


子ども達がたどり着く夢の終わり。


そして、再び学校という日常の中に、僕たちは引き戻されていく。


それは確かに、僕たちにとって


一つの世界の終わりと言ってもいい、


そんな一日だった。




そして実際、僕は宿題に追われる一日を過ごすはずだったのだ。


それなのに突然、どんな夢よりも現実離れした出来事が、僕を襲っている。




最後の戦い。


それはどんなものなのか。


想像もつかなかった。


僕の周りに、闇の化身が集まる…想像もしたくない。




僕は…いったん、自分の家に向かっていた。


家にかけてみた電話に、誰も出ない。


店の番号にも、誰も出ない。


父の携帯も、母の携帯も、コールはされるけど繋がらない。


何かおかしい。




僕の周りに闇の化身が集まってくるなら、


僕は誰も人がいないような場所を目指すべきなのかもしれない。


そうしなければ、一般の市民をたくさん巻き込むことになる。


僕自身がどうなるかはともかく、無関係の人たちを巻き込むわけにはいかない。




しかし、まず家族と連絡が取れない。


その事実が僕を不安にさせた。


これから何が起こるとしても…家族には、無事でいてほしい。




家族の無事を、確認したい。


僕は愛車ブレイブハート(自転車)を走らせた。


途中、蚊か蝿のような虫が時々電気スタンドにぶつかったのが分かった。


僕はそれでも、自転車を走らせた。




あけぼの商店街。


いつもと変わらない、夕暮れの風景。


本当に今日が、最後の戦いの日なのか。


とてもそうは思えない。


普通に終わっていく一日と、何も変わらないようだった。


願わくば、そうであってほしいと思った。




自転車は「ひまわり電器店」に着いた。


普段なら、店の中の電気が通りまで明るく照らしている。


売り物の蛍光灯が、まぶしく光を放っている。




なのに…僕が店の前に立ったとき、


そこには一つの明かりもついていなかった。





(つづく)